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ポン・ジュノ監督 『パラサイト 半地下の家族』 : 人間と未来とに〈絶望しないための思想〉

映画評:ポン・ジュノ監督『パラサイト 半地下の家族』

第92回(2020年度)アカデミー賞(作品賞)受賞作品である。
物語は起伏に富んで隙がなく、観客をグイグイと引っぱっていく第一級のエンターティンメント作品であり、かつ、現代の切実な社会問題を盛り込んで、哀切なラストが余韻を残す、という三位一体の離れ業をなしとげた、文句なしの力作だ。
ただ、あえて注文をつけるならば、やはり全体としての統一感にはやや欠けていたという憾みがなくもなかった。喩えて言うならば、センタン製菓の「王将キャンディー」的な感じだったのである。

知る人ぞ知る「王将キャンディー」は、三つの味が楽しめるアイスキャンディーで、先端から手元までが、チョコレート味の焦げ茶色、バナナ味の黄色、ストロベリー味のピンク色の3色に三等分されており、あれもこれも食べたいという子供心をくすぐり、満足させてくれた。
『パラサイト』もこれと同じで、「経済格差の拡大」という重い社会問題を背景にしながらも、コンゲーム映画としてのハラハラドキドキをテンポよく痛快に描いていって、観客の心を掴んで離さない。しかし、物語の後半では、そのあまりにもうまくいっていた「弱者の犯罪」が破綻してゆき、やがて思いもよらない悲劇的な結末を迎えるのある。

この作品を評価する上で是非とも押さえておくべき点は、「経済格差の拡大」というリアルな社会問題を扱っていながら、決して金持ち層を「悪役」にすることなく、それでいて弱者である貧乏人の側に寄り添う映画であった、という点であろう。
つまり、どこにも「極悪人」や「無垢の善人」は出てこない。「金持ちが悪くて、貧乏人が正しい」という単純化された物語ではなく、本作が描くのは「他者に対する、想像力の欠如」という、問題の本質なのである。
だからこそ、金持ちは「貧乏人たちもまた、自分たちと同じ人間である」という事実に思い到ることもなく、より豊かになることを目指すだけだし、貧乏人たちの方も「金持ちたちもまた、自分たちと同じ人間である」という事実に思い到らないので、金持ちを騙してでも、つまり犯罪によってでも、経済的に豊かになることを目指すのである。

もちろん、現実の少なからぬ場合、金持ちの多くは、意識的に貧乏人を「非人間化」しており、「貧乏人たちが貧乏のは、自業自得あるいは分相応だ」と非情に考えがちだし、逆に貧乏人の方は「いくら非人間的かつ不合理な社会的経済格差があったとしても、人は犯罪に手を染めるべきではない」という「制度的倫理」に、お人好しに縛られすぎていることが少なくなく、「人間の尊厳」よりも「既成の社会的秩序」を優先してしまうという、倒錯に陥りがちである。
だから、それで良いというわけではない。

けれども、こうした「非人間的な非対称性」を打破するためとは言え、「他者」を非人間化して排除しようとするだけでは、人間社会は「血みどろの永久階級闘争の場」に終らざるを得ない。
だからこそ、ポン・ジュノ監督が本作で描いたとおり、「憎むべき悪人もまた、良くも悪くも人間である」という「他者への想像力」を、私たちもまた、忘れてはならないのではないだろうか。

そしてこれは、決して、たんなる「理想主義のキレイゴト」などではなく、「人間と未来とに絶望しないための思想」つまり「闘い続けるための思想」なのではないだろうか。

執筆:2020年3月9日
初出:2020年12月13日「Amazonレビュー」
  (2021年10月15日、管理者により削除)

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