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映画 『メタモルフォーゼの縁側』 : 嫌なやつの出てこない〈弱さ〉

映画評:狩山俊輔監督『メタモルフォーゼの縁側』(原作 鶴谷香央理・KADOKAWA刊)

『このマンガがすごい! 2019オンナ編』第1位の大ヒット漫画を原作とした、映画である。

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監督は、テレビドラマ『仮面ライダークウガ』(2000年)の助監督から演出家のキャリアを開始し、アイドルグループ「嵐」の大野智を主演に迎えた、藤子不二雄Ⓐの『怪物くん』を原作とした同題テレビドラマや、同じくアイドル・グループ「KAT-TUN」の亀梨和也の主演による往年のテレビアニメ『妖怪人間ベム』のテレビドラマ化作品など、多くのテレビドラマで演出経験を積んで、『妖怪人間ベム』の映画化作品で監督デビュー。2020年には吉沢亮・杉咲花主演映画の『青くて痛くて脆い』を監督した、主に(原作付き)テレビドラマ畑を中心に歩んできた、狩山俊輔である。

『17歳の女子高生と75歳の老婦人。ふたりをつないだのはボーイズ・ラブ』

というキャッチ・コピーの掲げる本作の「あらすじ」は、次のとおりだ。

『人付き合いが苦手な17歳の女子高生・佐山うらら(芦田愛菜)は、ボーイズラブ(BL)漫画を読むのが何よりの楽しみだった。一方、夫を亡くし一人で暮らす75歳の女性・市野井雪(宮本信子)は、うららがアルバイトする書店でBL漫画を手に取り、未知の世界に驚きつつも男子たちの恋物語に魅了される。あるときBLコーナーで出会った二人は、BLの話題で意気投合する。それ以降、二人は雪の家の縁側で一緒に漫画を読んでは意見を交わすようになり、年齢や立場を超えた友情を育んでいく。』

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簡単に言うと本作は、自分に自信が持てず、BL好きという自身の趣味にも自信が持てないで、家族や友人にも隠して、一人でこっそりBLマンガを読んでいた主人公の「うらら」が、自分の気持ちに正直に生きる、元気で物怖じしない老婦人「雪」さんと出会い、意気投合して、BLを語り合う、年の差を超えた唯一無二の親友となリ、やがて、雪さんの影響と励ましによって、「うらら」は自己肯定のできる人間へと変わっていく(メタモルフォーゼ=形態変化)という、成長物語だと言えるだろう。

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さて今回は、コロナ禍で長らく会うことのできなかった友人に、ひさしぶりに映画に誘ってもらい出かけたのだが、私も友人も、それなりに観たい映画はすでに観ていたので、何が観たいかと聞かれて、私は「何でもいいよ。そっちに任せる」と答えると、友人が提示したのは、メガヒット中の『トップガン マーヴェリック』と、本作『メタモルフォーゼの縁側』の二択だった。そこで迷わず私は、本作を選んだ。一一そんな経緯である。
こんな機会でもなければ、この映画を観ることもなかったし、たぶん、この先、原作を読むこともないだろうからだ。

で、結果的にいうと、本作映画の出来は「85点」といったところか
感じ良く、じつに手堅くまとまっており、大きな不満はないものの、特に印象に残る作品でもない。

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原作は読んでないので、比較はできないが、たぶん、原作の表紙に描かれた「うららと雪」が、特別に可愛くもなければ美人でもないことから推すと、芦田愛菜と宮本信子という美人かつ演技派女優を主人公に当てた段階で、原作よりも無難な作品になっているのではないかと推察された。
したがって、本作映画に不満があるとすれば、それは、その「手堅さ」「無難さ」である。

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欠点らしい欠点など全くないし、全体としてよくできているのだが、ただ、突き抜けたところがない。芦田愛菜と宮本信子は、期待どおりの演技力だが、残念ながら、演出的な無難さから、こちらも印象に残るほどの演技は見られなかった。
話の内容的には「そうそう、そうだよね!」とか「頑張れ、負けるな!」と言いたくなるような作品で、観ている方が苦しくなるようなシーンなど、まったく無い。だが、そこが弱点なのではないだろうか。

つまり、この作品には、「嫌なやつ」「悪い人」が一人も出てこず、逆にみんな「いい人」ばかり。それで、たしかに「気持ちよく観ることができる」ものの、やはり「メリハリ」に欠けるのだ。
「光と陰のコントラスト」によって「光」を強調するといったことをしておらず、「フラットな明るさ」により、結果として、無難に「感じの良いエンタメ映画」になってしまっているのである。

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本作は、そのタイトルからもわかるとおり「それまでの殻を破っての成長」をテーマとした作品なのに、この映画自体は「殻」を破ろうとする、気迫に満ちた冒険がない。だから、安心して観られる作品にはなっているが、作品のテーマからすれば、これではいけないだろうと感じられた。

世の中には、「悪い人」も「嫌なやつ」もいる。BLばかり読んでいる女性を馬鹿にし、見下す人も現に少なくはない(なかった)だろう。かく言う私も「BLばかり読んでいる女性」だけではなく「本格ミステリばかり読んでいるミステリマニア」とか「SFばかり読んでいるSF者」とかには、あまり感心しない。
好きなものがあるのは良いことだが、それしか知らないで、それが素晴らしいと、いくら力説してても、比較対象を持たない評価など、所詮は「盲信でしかない」と考えるからだ。

だから私は、しばしば挑発的に、そうした「殻にこもった人」たちに対し、外からどんどんと激しくノックしては「おーい でてこーい」と挑発したりするのである。
一一したがって、私がこの映画に登場したら、きっと、主人公を馬鹿にする憎まれ役の「嫌なやつ」だっただろう。

だが、そういう「嫌なやつの嫌な言葉」に負けないで、逃げないで、いろいろ読んでみたうえで「やっぱり、BLは素晴らしいです!」と主人公が言い切ったなら、その「憎まれ役」だった美青年はきっと、それまでは想像できなかった、優しい微笑みを浮かべて、主人公を肯定し、その「成長」を喜んでくれるのではないだろうか。
だいたい「少女マンガ」の王子様役というのは、初登場では「嫌なやつ」という印象を与える「ツンデレ」が多く、最初から王子様王子様してはいないのだ。それでは、ドラマとして「メリハリ」がつかないからである。

そんなわけで、映画としては「悪くはなかった」けれど、まだ40代半ばである狩山俊輔監督には、無難に守りに入るのではなく、一皮剥けてメタモルフォーゼしてほしいと、そんな風に感じられた作品であった。

狩山俊輔監督、あなたは今こそ、あなたの雪さんを見つけるべきなのです。

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(※  原作マンガは、全5巻完結)

(2022年7月18日)

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