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映画レポ「PERFECT DAYS」:説明不足な"リアル"が魅力。映画館で観るべし

【約4,200文字、写真約3枚】
監督をドイツの名匠ヴィム・ヴェンダースが務め、役所広司が主演した映画「PERFECT DAYS」を鑑賞しました。その感想を書きます。

(以下、ネタバレを含みます)

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結論から言うと、非常に満足した作品でした。世界観が「リアル」なため、登場人物の気持ちにも寄り添えたことに加え、「PERFECT DAYS」とは何か考えるきっかけにもなりました。特に「東京物語」のような表現に余白を感じる作品が好きな方にピッタリだと思います。是非、映画館で鑑賞することをおすすめします。

▼ヴィム・ヴェンダース作品の展覧会(東京・目黒)

映画名:PERFECT DAYS(原題: Perfect Days)
おすすめ度:★★★★☆
監督: ヴィム・ヴェンダース
上映時間:124分
公開日:2023年12月22日(ドイツ:2023年12月21日)
HP:https://www.perfectdays-movie.jp/ 


▶︎あらすじ

こんなふうに生きていけたなら

東京・渋谷でトイレ清掃員として働く平山(役所広司)は、
静かに淡々とした日々を生きていた。
同じ時間に目覚め、同じように支度をし、同じように働いた。
その毎日は同じことの繰り返しに見えるかもしれないが、
同じ日は1日としてなく、
男は毎日を新しい日として生きていた。
その生き方は美しくすらあった。男は木々を愛していた。
木々がつくる木漏れ日に目を細めた。
そんな男の日々に思いがけない出来事がおきる。
それが男の過去を小さく揺らした。

公式サイトより

役所広司が演じる無口な主人公・平山が、THE TOKYO TOILET(後述)のトイレを清掃する日常が描かれています。ストーリーはそれだけです。

▶︎「PERFECT DAYS」感想

✔️「リアル」な人物描写

私は、映画や戯曲において「リアル」は重要な要素だと思います。私の言う「リアル」は現実世界だけでなく、空想世界も当てはまります。要は、そのコンテクスト、世界観を身近に感じられるかが大切です。感じられなければ、登場人物の心境や、作者のメッセージ、作品から得られるべきものも得られづらくなるためです。

「PERFECT DAYS」の最大の特徴は、セリフが極端に少ないことです。会話の中から世界観や人物背景を説明するシーンは一切ありません。映像だけで、作品のコンテクストを語らせています。それがこの作品で「リアル」を感じられた大きな理由です。

最初は、平山の日常を淡々と描く映像に若干戸惑いました。いつからドラマが起きるのか、平山の一人語りが始まるのかと、期待して観ていました。

例えば、平山の若い姪・ニコ(中野有紗)が押しかけて来た時「やっと第三者によって、"THE TOKYO TOILET"や、平山の過去が語られるんやな」と思いました。しかし、そのような描写は一切描かれませんでした。いつしか、私はその期待を徐々に諦めていました。平山の変わらない「リアル」な日常をに見るうち、自然と自分の日常と重ねるようになりました。

直近で観たディズニー映画「ウィッシュ」の感想を、私は「説明不足で中途半端」とコメントしました。しかし「PERFECT DAYS」は「説明不足だからこそリアル」で良かったと思いました。

✔️「リアル」な生活風景

脚本はドイツ人のヴェンダースに加えて、日本人も当然入っています。描かれた生活風景は、取材しても簡単に描けないほど「リアル」でした。

作品は、浅草のボロアパートに住む平山の視点をベースに、日本の大都市、首都高速道路、下町の「リアル」を描いています。平山は、新宿・渋谷・恵比寿などの都心の公共トイレを、車で周りながら掃除します。その映像は、東京圏に住む人にとっては馴染みがあるため、心地よいと感じるでしょう。

特に、市井の人が利用する銭湯、古本屋、飲み屋などの下町風景は、実際に私がそのような生活をしていなくとも、全く違和感がなかったです。

✔️映画よりも「アート」に近い

全体を通して、好き嫌いが分かれそうな映画だと思いました。小津安二郎の「東京物語」が好きな人は満足度が高いでしょう。映画というより、アートに近いと感じました。ちなみに「東京物語」にも平山が登場します。

夢のシーンは、アレ・ブレ・ボケの中で、光や自然などが表現されています。まるで現代アーティストのピピロッティリスト(スイス人)のような映像でした。そこに、ヴェンダース(ドイツ人)の哲学的側面を感じました。

この映画は、アクションも爆音もありません。しかし、このような作品こそ、映画館のような静謐な空間、役者の息遣いが聞こえる音響、大きなスクリーンで観た方が、テレビで観るよりも良さが倍増すると思いました。

当日、若いお客さんは見当たりませんでした。TVなどで大々的に宣伝していないことに加え、湿っぽいストーリーが若者の好みに合わないのでしょう。普段から"コーラ"のような刺激的な映画ばかり観ている人にこそ、"清涼な緑茶"のような「PERFECT DAYS」を劇場で是非、観てほしいです。

ちなみに、私は2011年10月(東京国際映画祭)、六本木TOHOで「東京物語」を観て、小津安二郎が好きになりました。

✔️何が「PERFECT」なのか

作品の後半は、映像を追いながら「なぜタイトルがPERFECT DAYSなのか」考えながら観ていました。劇中でPERFECTの「パ」の字も出てきません。

平山は時折、人とコミュニケーションがあった後、薄くニヤッとします。それが、PERFECTのヒントだと思いました。

録画のように同じ日常を平山は繰り返します。そして、毎日、代々木八幡公衆トイレの掃除後、神社の広場でサンドイッチと牛乳を口にしながら、フィルムカメラで木漏れ日を撮影します。木漏れ日は、1秒1秒、形が変わる、ただ一瞬だけのものです。それは、人とのコミュニケーションが一期一会であることと同じだと思いました。

『幸せになる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教えII』(岸見 一郎,古賀 史健)で、幸せになるためには「私であることの勇気」が必要であると説きました。この作品において、PERFECTは他人が決めるのではなく、自分で決める私がPERFECTと感じれば、それはPERFECTであると気付きました。

また、平山の数少ないセリフの中、リコとの対話で「たくさんの世界がある。それらは繋がっているようで繋がっていない」「今は今、今度は今度」と、唯一、セリフらしいセリフがありました。このセリフからも「PERFECTは人それぞれで、一期一会」と感じました。

作品の最後に、平山はカーステレオで「Feeling Good」を流します。

It's a new dawn
It's a new day
It's a new life
For me
And I'm feeling good
I'm feeling good

「Feeling Good」より

まさに、この歌詞こそが「PERFECT DAYS」のメッセージだと思いました。視聴者は作品に「答え」を求めがちです。しかし「PERFECT DAYS」に作者の答えはなく、観る人の感じたままが「答え」だと思いました。

✔️海外で評価された一因

「PERFECT DAYS」は、カンヌ国際映画祭で2つの賞(主演男優賞<役所広司>、エキュメニカル審査員賞)を受賞しました。

劇中には、外国人観光客が見ようと思っても見られない日本の「リアル」がありました。オリエントな日本の風景が多く映っていることも海外で評価されている一因だと思いました。

また、作品の重要なモチーフを占める「トイレ」。平山はトイレをものすごく丁寧に掃除します。便座の裏を鏡で覗いて汚れがないか確認したり、便座を取り外してブラシではいたり、オストメイト用のハンドシャワーのノズルを引っ張って拭いたりするなど、徹底しています。「トイレの神様」よろしく、トイレを丁寧に扱う姿勢が外国人には特殊に映ったと思います。

✔️画面比率

上映が始まって早々に驚いたことは、画面比率が4:3だったことです。ヴェンダースの意図はどこにあるのでしょうか?

▶︎まとめ

いかがだったでしょうか?作品の世界観が徹底して「リアル」なことが最大の特徴でした。「リアル」であるからこそ、平山の気持ちにも寄り添えたことに加え、「PERFECT DAYS」とは何だろうと考えるきっかけになりました。また、この作品は是非、映画館で観るべきだと思いました。

▶︎おまけ(制作の背景)

「PERFECT DAYS」の制作背景は特殊です。まず、THE TOKYO TOILETがあり、その後、映画の制作が企画されました。

(株)ファーストリテイリングの取締役であり、創業者の子息である柳井康治氏が、THE TOKYO TOILETを発案・資金提供(21億円)しました。THE TOKYO TOILETとは、多様性を受け入れる社会の実現を目的に、東京都渋谷区内17カ所の公共トイレを新しく生まれ変わらせるプロジェクトです。

代々木深町小公園トイレ(引用元

柳井康治氏は、ロンドンパラリンピックがきっかけで、障がいの有無なく誰でも使える施設(=トイレ)を作ろうと考えました。そこには「ユニクロは全ての人に開かれたブランドである」という父(柳井正氏)との普段の会話も発端になっているそうです。

清掃員の専用ユニフォームはNIGO氏のデザイン(引用元

公共トイレの4K(暗い、臭い、怖い、汚い)を、実力派クリエイターたちの力で改善する。さらに進み、社会課題の解決をめざしている取り組みです。

柳井康治氏と電通の高崎卓馬氏が、主役に役所広司を構想し、ヴェンダースに手紙を出したことから映画制作が始まりました。色々な想いが重なった上で、つくられた映画のようです。

THE TOKYO TOILETという特徴的な取り組みをベースにして「PERFECT DAYS」がつくられているにもかかわらず、劇中で登場人物にTHE TOKYO TOILETの説明を一切させないヴェンダースは粋だと思いました。

ユニクロのPEACE FOR ALLというチャリティTシャツプロジェクトに、ヴェンダースも参加しています。「PERFECT DAYS」が気に入った方は購入してみてはどうでしょうか?今後、清掃員の専用ユニフォームをデザインしたNIGO氏も、PEACE FOR ALLに参加してもらえると嬉しいです。

*カバー写真の引用元

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