マガジンのカバー画像

140字小説

17
140字以内で書く超短編。
運営しているクリエイター

#140字小説

【140字小説】100点の福祉

AIが人間に点数をつけて、それに応じた福祉がなされるようになった。
点数一桁の福祉は凄まじく、望めばすぐに豪華な飯が出てくるし、あらゆる娯楽が無料で楽しめる。
かたや私は戦車の砲撃を躱しながら、値段8倍の珈琲を啜り、仕事へ向かう。
これ以上点数が増えないように、容器をポイ捨てしながら。

【140字小説】動脈と紫陽花

二人だけの文芸部室で見せてくれたミステリ小説のトリックは私達しか知らない。
原本は既に処分したから、もう誰もそれを知ることはない。
トリックを考えるのは得意なんだから、浮気くらい上手に隠してくれればよかったのに。
彼の頭から流れる血が、贈った紫陽花の色に似ていた。

【140字小説】静脈と紫陽花

送られてきた紫陽花の静脈のような色が綺麗で、暫く見蕩れていた。
添えられたカードには見覚えのある彼女の字。
懐かしい記憶には雨音が伴って、二人で傘の下歩いた景色を想起させた。
これを僕への贈り物として選んだ彼女は、おそらく知っている。
もう花の色は変わってしまったことを。
ゴミ箱が揺れる。

【140字小説】独占欲

先に気になっていると言えば、貴女は優しいから諦めてくれる。
そして別れたあとも気を使って、距離を置いていてくれる。
酷いことをしている自覚はあるけれど、他に思いつかないのだ。
密かに人気のある貴女を、誰にも取られない方法なんて。

【140字小説】仮面夫婦とエイプリルフール

エイプリルフールだからといってわざわざ嘘をつく必要なんかない。
仮面夫婦の僕たちにとっては、日常のすべてが嘘なのだから。
だけど、今朝はちょっとしたいたずら心が起きたので「愛してるよ」と言ってみた。
間髪入れずに「私も」と返事がある。
彼女はニヤニヤと笑っていた。

【140字小説】幸福のブラインド

辿る度溢れる思い出が邪魔で仕方ない。
どれも幸せで曇りない日々に見えてしまう。
「やはり心当たりはないですか」
警官の問いに唇を噛み締めて頷いた。
自分の無力さに腹が立つ。
なぜ僕は幸せな記憶しか思い出せないんだ。
彼女を殺した犯人の手がかりがこんな記憶にあるはずないのに。

【140字小説】ショートカット

ショートカットが好きだって貴方が言ったから、私の髪は1年短い。
だけど今、貴方の隣を歩く子の髪は長く伸びている。
多分好みが変わったわけじゃない。
考えればすぐにわかる話だ。
好みを聞かれたその時期の、その子がショートだっただけじゃない。

【140字小説】作家は経験したことしか書けない

「作家は経験したことしか書けない」という言説があるらしいが、当然そんなことはない。
知識や資料がきちんとあれば、正しい描写ができる。
だからこうやって地道に資料を集めるのだ。
街灯すらない夜の田舎道。
息を潜めて足音を待つ。
ミステリ作家も楽じゃない。

【140字小説】器のデカい彼氏

彼は器のデカい男だ。
デートに1時間も遅刻した私を笑って許してくれたし、さっき知らない人に道を聞かれた時も方向を教えてあげていた。
「それにしても、よくライブハウスの場所なんて知ってたね」
「まさか、知らないよ」
「え?」
彼は白い歯を見せて笑う。
「いずれは着くさ。地球は丸いんだから」

【140字小説】トリック泥棒

「凄い想像力だ。小説家にでもなった方がいいんじゃないか」
追い詰められた男は大仰な身振りで言った。
言われるまでもなく私は小説家だ。
そして貴方のトリックは私が昨日落としたメモ帳のものだ。
大事な復讐に人のネタで挑むなよ。
使えるトリックが1つ減ったじゃないか。

【140字小説】本はやっぱり紙がいい

昨今、電子書籍が流行っているが、私は紙の本以外認めない。重みや手触りの味わい。それこそが読書の醍醐味だ。
私は1ページ目を開いてQRコードを読み取った。
機械音声が読み上げる小説に合わせて、白紙のページをめくる。
本の重みや紙の手触りが堪らない。
やはり本は紙に限る。

【140字小説】人格変換プリンタ

無数の変数を自在にいじり、望んだ性格になれるプリンタ。
10年待ちだったが、ようやく順番が回ってきた。
私がいじる変数は1つだけ。
帰宅するなり、ナイフを握った。
散らかる部屋で母が寝ている。
ほんの少しの勇気があればと私は10年嘆いてきたのだ。

【140字小説】殺人犯の栄誉

「あなたは大量殺人犯です」
手紙の一通には力強い筆跡でそう書かれていた。
確かに沢山殺したが……。
糾弾されるいわれはない。
むしろ栄誉なことだろう。
並べた著作の背表紙を撫でる。
私の65年分。
どれも珠玉のミステリ小説だ。

【140字小説】多様性に配慮したペットショップ

「ここ、犬や猫はいないんですか?」
「アレルギーの人に配慮しました」
「蛇見たいんですけど」
「見た目が苦手な方もいますので」
見回すと、店内にペットは1匹もいない。
首を傾げて店を出ると「多様性に配慮したペットショップ」と看板が出ていた。