縄文終期消し忘れたる焚火 マブソン青眼 耳慣れた「575」ではない、「573」。この韻律の句で本書は占められている。 句集あとがきによると、ある日突然、「降り…
おほかみの咆哮ののちいくさ無し 董振華 著者は金子兜太晩年の中国人の弟子。 〈おおかみに蛍が一つ付いていた 兜太〉 兜太の代表句。 絶滅したと言われるニホンオ…
泣き黒子水鉄砲を此処に呉れ 黒岩徳将 著者の第一句集、そして巻頭の一句です。 タイトルの『渦』と、この初めの一句を考えれば、一集を貫くものは「水」ではないか、…
科学と文学―寺田寅彦の視座 2022年の『季語深耕 田んぼの科学』に続いて、新刊『季語深耕 まきばの科学』を出版された太田土男氏の巻末略歴には次のように記されている…
ありがたき花鳥の道や核の塵 大井恒行 道は、人や獣などが歩く実際の道と、学問や芸の道など、ある人が信じる道の二つが考えられる。 俳句に限って考えれば、純粋に花…
あまりよいにんげんではない暖冬 自虐の句に見える。 しかし、「わたしは正しい、あんたは間違っている(なぜなら、わたしはよいにんげんで、あんたはわるいにんげんだか…
「俳壇無風」時代の「新興俳句」論争 昨年十二月十七日、現代俳句協会青年部勉強会〈「新興俳句」の現在と未来〉の司会を務める機会を頂いた。事前に公表された勉強会の概…
狐火を使ひ古して狐です 柿本多映 狐火の由来は、一説には狐が口から吐く火からだそうだ。 掲句は発想を逆転させ、あたかも、あなたが普段見ている狐はそのように成立…
新型コロナウイルスのパンデミックの始まりからもうすぐ丸四年が経とうとしている。自粛されていた人と人との対面も解かれ、それ以前の日常が戻りつつあるように見える。し…
1 はじめに野ざらし延男氏は、戦後沖縄における「俳句革新」の実践家であり、伝統と前衛の枠を超えた戦後沖縄俳句の「生き証人」である。「俳句革新」の内実については後…
「第15回こもろ日盛俳句祭」が、今年の七月二十八日から三十日、三日間にかけて長野県小諸市で開催された。私は二日目の午後から三日目にかけて初めて参加してきた。この俳…
帯に記されている「日本経済新聞と毎日新聞連載のエッセイ集」と聞けば多少おカタい印象も与えようが、そんなことはない。すべて見開き二ページで完結、気軽に開いた頁から…
日時 二〇二三年五月十三日(日)10時15分~11時30分 場所 福島県須賀川市民交流センター(tette)たいまつホール 皆さんこんにちは、鈴木光影です。昨日昼頃に須賀川に…
俳人・深夜叢書社社主の齋藤愼爾氏が、3月28日に亡くなった。 齋藤氏は今年初頭、第23回現代俳句大賞を受賞されていた。 俳句実作、俳句批評、俳句関連書の企画編集など…
石井露月の「365日」 今年二〇二三年は、秋田県の俳人・石井露月(1873~1928)生誕一五〇年の節目の年である。文学を志し秋田から上京した露月は明治二十七(一八九四…
2022年10月29日 沖縄10名の合同出版記念の集い 那覇市八汐荘にて 鈴木光影です。私はこの平敷武蕉さんの句集『島中の修羅』の巻末解説も書かせていただきましたが、今日…
鈴木光影
2024年7月22日 16:49
縄文終期消し忘れたる焚火 マブソン青眼耳慣れた「575」ではない、「573」。この韻律の句で本書は占められている。句集あとがきによると、ある日突然、「降りて来た。」そして「無垢句」と名付けた。後から気づくと、尾崎放哉や師である金子兜太にも、同様のリズムがあったという。句集のページを繰り、573のリズムに身を委ねながら、ふと私が想起したのは、次の一句。三鬼の句の場合、下五が3
2024年7月9日 14:11
おほかみの咆哮ののちいくさ無し 董振華著者は金子兜太晩年の中国人の弟子。〈おおかみに蛍が一つ付いていた 兜太〉兜太の代表句。絶滅したと言われるニホンオオカミの体に蛍が一匹。人間の自然破壊や都市化により、蛍も生息地が減少している。おおかみも蛍も、命の重さは同じだろう。掲句、董氏が詠んだ「おほかみ」は、蛍を付けた兜太の「おおかみ」ではなかったか。確かに、現在の地球上を眺
2024年6月9日 09:13
泣き黒子水鉄砲を此処に呉れ 黒岩徳将著者の第一句集、そして巻頭の一句です。タイトルの『渦』と、この初めの一句を考えれば、一集を貫くものは「水」ではないか、と予感させます。さて、この句の「泣き黒子(ぼくろ)」という言葉は、いま涙は流していないけれど、かつて涙を流しただろう顔を想像させます。そこには一人の生きた人間が立っています。ところが、後半の「水鉄砲を此処(ここ)に呉(く)れ」
2024年6月6日 13:38
科学と文学―寺田寅彦の視座2022年の『季語深耕 田んぼの科学』に続いて、新刊『季語深耕 まきばの科学』を出版された太田土男氏の巻末略歴には次のように記されている。前半は草地生態学の科学者として、後半は俳人としての経歴であるが、二つのキャリアをほぼ同時期に歩み出され、それを長年同時進行されてきたことが分かる。前著『田んぼの科学』のあとがきで太田氏は、「俳句は元より文芸であり、科学ではありませ
2024年5月19日 11:58
ありがたき花鳥の道や核の塵 大井恒行道は、人や獣などが歩く実際の道と、学問や芸の道など、ある人が信じる道の二つが考えられる。俳句に限って考えれば、純粋に花鳥諷詠を信じる人にとっては、どんな道も、花が咲き鳥が舞う光り輝く道に見えるだろう。道即道である。信じるものは救われる。ゆえに、ありがたい。そんな「ありがたき花鳥の道」に降り注ぐ、人類が生み出してしまった「核の塵」。それは
2024年4月14日 22:17
あまりよいにんげんではない暖冬自虐の句に見える。しかし、「わたしは正しい、あんたは間違っている(なぜなら、わたしはよいにんげんで、あんたはわるいにんげんだから)」と、意見の異なる他者を攻撃する人より、はるかに謙虚で誠実な態度だと思う。思えば、人は皆、「あまりよいにんげんではない」のかもしれない。「薄志弱行」でも、時に自虐的でも、己自身や「暖冬」の現実をそのまま受け入れて生きてゆく。
2024年3月6日 09:33
「俳壇無風」時代の「新興俳句」論争昨年十二月十七日、現代俳句協会青年部勉強会〈「新興俳句」の現在と未来〉の司会を務める機会を頂いた。事前に公表された勉強会の概要は次のようであった。なお、勉強会の企画立案と運営には青年部部長の黒岩徳将と、同じく委員の加藤右馬が関わった。発端となった『新興俳句アンソロジー』(ふらんす堂)の序で、当時の現代俳句協会青年部部長の神野紗希氏は「……このアンソロジ
2024年2月2日 19:08
狐火を使ひ古して狐です 柿本多映狐火の由来は、一説には狐が口から吐く火からだそうだ。掲句は発想を逆転させ、あたかも、あなたが普段見ている狐はそのように成立しているんですよ…、と言われているようだ。黄泉路の案内人が教えてくれる豆知識のような口調。そもそも狐火は「使」うものなのだろうか?私はいつのまにか多映ワールドに引き込まれている。模糊とした虚をどこまでも使い古していくと、
2023年12月4日 11:48
新型コロナウイルスのパンデミックの始まりからもうすぐ丸四年が経とうとしている。自粛されていた人と人との対面も解かれ、それ以前の日常が戻りつつあるように見える。しかし、その間に起きたロシアのウクライナ侵攻、さらにイスラエル・ガザ戦争も進行中で、地球上に暗い霧がかかっているような時代の空気は今も続いているように思われる。二〇二三年六月の奥付で刊行された池田澄子氏の第八句集『月と書く』(朔出版)は、
2023年11月14日 10:54
1 はじめに野ざらし延男氏は、戦後沖縄における「俳句革新」の実践家であり、伝統と前衛の枠を超えた戦後沖縄俳句の「生き証人」である。「俳句革新」の内実については後で詳述するが、野ざらし氏は長年沖縄の地で、前衛的な俳句実作・俳句評論・俳句教育の分野の第一線で活動してこられた。これまで、四冊の個人句集や複数のアンソロジー句集の出版に加え、沖縄俳句史にとって貴重な資料である『沖縄俳句総集』(1981)の編
2023年9月6日 09:16
「第15回こもろ日盛俳句祭」が、今年の七月二十八日から三十日、三日間にかけて長野県小諸市で開催された。私は二日目の午後から三日目にかけて初めて参加してきた。この俳句祭は、二〇〇九年、俳人の本井英氏(「夏潮」主宰)らが中心となり立ち上げ、小諸市の主催により続いている。新型コロナの影響で、対面での開催は四年ぶりという。名称の「日盛」の由来は、第二次大戦末期の一九四四年に鎌倉から小諸に疎開していた高
2023年9月4日 14:26
帯に記されている「日本経済新聞と毎日新聞連載のエッセイ集」と聞けば多少おカタい印象も与えようが、そんなことはない。すべて見開き二ページで完結、気軽に開いた頁から読み始められる。どのエッセイにもかならず一つ以上の俳句と季語が引かれる。季語といっても、分厚い歳時記の中で眠っている言葉ではない。近隣の散歩や庭の手入れ、家族との屈託のない会話など、髙田さんの日常生活の中で生きた言葉として綴られる。髙田
2023年6月13日 08:01
日時 二〇二三年五月十三日(日)10時15分~11時30分場所 福島県須賀川市民交流センター(tette)たいまつホール皆さんこんにちは、鈴木光影です。昨日昼頃に須賀川に着きまして、永瀬十悟さんに牡丹園をご案内いただきました(地球温暖化の影響もあってか年々開花時期が早くなっているようです)。その後「桔槹」有志の皆さんと街中吟行をして市役所の展望台からウルトラマン(*須賀川は特撮映画監督の円谷
2023年4月3日 09:14
俳人・深夜叢書社社主の齋藤愼爾氏が、3月28日に亡くなった。齋藤氏は今年初頭、第23回現代俳句大賞を受賞されていた。俳句実作、俳句批評、俳句関連書の企画編集など、長年にわたる俳句界への多面的な貢献が高く評価されての授賞だった。3月18日に開かれた現代俳句協会年度総会内で行われた授賞式にご本人が出席できるか否か、齋藤氏と周りの方々は最後まで検討されていた。しかし体調が整わずに当日は欠席さ
2023年3月3日 07:57
石井露月の「365日」今年二〇二三年は、秋田県の俳人・石井露月(1873~1928)生誕一五〇年の節目の年である。文学を志し秋田から上京した露月は明治二十七(一八九四)年に正岡子規を訪ね、新聞「小日本」の編集に加わる。のちに高浜虚子、河東碧梧桐、佐藤紅緑と並んで「子規門下の四天王」と呼ばれるようになる。子規には「碧、虚の外にありて、昨年の俳壇に異彩を放ちたる者を露月とす」とまで賞された。元々患
2022年12月5日 07:43
2022年10月29日 沖縄10名の合同出版記念の集い 那覇市八汐荘にて鈴木光影です。私はこの平敷武蕉さんの句集『島中の修羅』の巻末解説も書かせていただきましたが、今日はその中から五句を選んでお話しをさせていただきます。太陽からイデオロギーが消えていくこの句は、全世界的な脱イデオロギー状態が描かれています。私は今三十六歳なのですが、同世代を眺めても、少しでも政治的な事象にはタッチしたく