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董振華句集『静涵』一句鑑賞と十句選

おほかみの咆哮ののちいくさ無し  董振華


著者は金子兜太晩年の中国人の弟子。

〈おおかみに蛍が一つ付いていた 兜太〉

兜太の代表句。
絶滅したと言われるニホンオオカミの体に蛍が一匹。

人間の自然破壊や都市化により、蛍も生息地が減少している。

おおかみも蛍も、命の重さは同じだろう。

掲句、董氏が詠んだ「おほかみ」は、蛍を付けた兜太の「おおかみ」ではなかったか。

確かに、現在の地球上を眺めれば、「いくさ無し」とは程遠い状況である。

しかし、滅びゆくものが最期に放った「咆哮」は、後の世を生きる者の中に生き続ける。

「いくさ無し」は、兜太から著者へと手渡された、いかに生きるべきかの理念なものかもしれない。

著者は日中友好の俳誌『聊楽』など、国を越えて、人と人とが親交を結び合う意味において「いくさ」とは反対の平和を実践している。

纏足の祖母の足裏のあかぎれよ
籠り居の二分の扉間(すきま)に春八分
春眠深し釈迦の掌中かもしれぬ
黄河流域初日にひかる大欠伸
初あらし凝った右肩より通る
初日入る刹那はいつも面白き
ちちははの豊かな寝息大氷柱
憂国われら杜甫に似て杜甫とならず
群鳥を沈めて春の暮柔ら
天狼に逢うまでわれの彷徨いぬ

句集『静涵』より

著者の董振華さんの最新編著、『語りたい龍太 伝えたい龍太—20人の証言』(コールサック社)は、証言者たちの多彩な語りを引き出し、戦後を代表する俳人・飯田龍太の実像を読みやすく伝えています。


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