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黒岩徳将句集『渦』一句鑑賞と十句選

泣き黒子水鉄砲を此処に呉れ  黒岩徳将


著者の第一句集、そして巻頭の一句です。

タイトルの『渦』と、この初めの一句を考えれば、一集を貫くものは「水」ではないか、と予感させます。

さて、この句の「泣き黒子(ぼくろ)」という言葉は、いま涙は流していないけれど、かつて涙を流しただろう顔を想像させます。

そこには一人の生きた人間が立っています。

ところが、後半の「水鉄砲を此処(ここ)に呉(く)れ」は、どこか「劇的」(福田恆存)です。

感情的な涙ではなく、水鉄砲に装填された冷たい水道水を「此処に呉れ」と、セリフ調なのです。

「涙」という甘い抒情を排するには、自覚的に何らかの「役」を演じなければならない。

その「役」は自ら選び取ったものではなく、他者から自然の成り行きで与えられたものでもいい。

私という「役」を受け入れて「此処」を生き切ることこそ、人間の本質なのかもしれません。

だから、著者にとっての「水鉄砲」とは、ある意味において、俳句という定型詩なのだろうと思います。

生きることの悲しみを内に秘めつつ、水遊びのようなコメディにだって変えてやろう、という劇作家としての著者の姿も見えてくるようです。

しかし、もちろんこれは、現在においてのこと。

著者がこれからどのような俳句の境地を拓いてゆかれるのか、目が離せません。

踏む音の石から草へ蛍狩
手に指に熱し子規忌の飯茶碗
三校の卒業生が改札に
神々が跳び箱を待つ立夏かな
職捨つる九月の海が股の下
水平に運べぬ柩秋夕焼
味噌汁を吸へばジャズ鳴り出す夜長
欠伸より大きな柿を貰ひけり
先生と強く呼びても田打ちをり
校庭に二つの試合桐の花

黒岩徳将句集『渦』より


渦 | 出版社 港の人 (minatonohito.jp)

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