マガジンのカバー画像

物語のようなもの

394
短いお話を思いついた時に書いています。確実に3分以内で読めます。カップ麺のできあがりを待ちながら。
運営しているクリエイター

2021年10月の記事一覧

『白紙の日』

『白紙の日』

俺が高校に入ってすぐに、父が交通事故で亡くなった。
よく親が亡くなるとグレる奴がいる。
俺はそんなことはなかった。

俺にはずっと厳格な父だった。
父と話すときには常に敬語を使わされた。
友人が父親と友達のように話しているのを見るとうらやましかった。
テレビも父の許可した番組しか見せてもらえなかった。
クラスの話題になかなかついていけなった。

子供の頃から、将来は大学に行くように強制されていた。

もっとみる
『空飛ぶストレート』

『空飛ぶストレート』

その頃、無頼派を気取っていた僕は、毎日飲み明かしていた。
4年の夏休みが終わっても就職活動も始めていなかった。
その夜は、彼女と居酒屋で飲んでいた。
「俺は企業に自分を売ったりしたくないね」

突然、彼女の右ストレート。
「お前の飲んでる酒は誰かが一生懸命働いて作ってるんだ。お前の履いてるくたびれた靴もそうだ。あれもこれもみんな、どこかに就職した誰かが、汗水流して作ってるんだ。斜に構えるだけが人生

もっとみる
『君に贈る火星の』

『君に贈る火星の』

今日も携帯が鳴る。
ーやあ、そっちは夜かな。もう、時間の感覚もなくなっちゃったよ。
あたしは聞いているだけだ。
ー君に会える日が楽しみだよ。でも、もう少し時間がかかりそうなんだ。
彼は楽しそうに話し続ける。
ーすごいと思わないかい?こんなに離れたところから、君と話ができるなんて。
多分、彼の目には窓の外の景色が映っているのだ。
ーここからはもう地球は小さな星にしかみえないよ。
 でもそれだけ僕は目

もっとみる
『布団座の怪人』

『布団座の怪人』

小学校に入ったばかりのカン君はいつも夜更かしをしていました。
お布団に入っても、お母さんに内緒で本を読んだり、ゲームをしたりしていました。
ですから、朝、お母さんがお越しにきてもなかなかお布団から出ることができません。

「カン、学校に遅れるわよ」
その日もカン君がちっとも起きようとしないので、お母さんは怒って部屋を出ていきました。
お布団を頭からかぶったまま、カン君もそろそろ起きなくちゃなと思っ

もっとみる
『金持ちジュリエット』

『金持ちジュリエット』

ロミオの死体を見たジュリエットは、しめしめとほくそ笑んだ。
やった!とガッツポーズが出そうになるのをこらえるのに必死だった。

自殺したロミオのあとを追って、ジュリエットも命を絶つ。
これが世に知られる「ロミオとジュリエット」の最後だ。
だが真実は少し違う。
ジュリエットは自殺なんかしなかった。
これは当時悲劇の執筆を頼まれていたシェイクスピアが付け加えたもの。
地元では有名な話だ。

さて、真実

もっとみる
『ヒトのカケラ』

『ヒトのカケラ』

ごらんください。
発掘されたカケラの数々です。
あちらの青みを帯びているのが幸福のカケラ。あれが夢のカケラ。
さらにこれが愛のカケラ。もうかなり色が落ちていますが、元はきれいなピンクだったと思われます。
その他にも、情熱のカケラ。沈黙のカケラ、平和のカケラ等々、かなりの数になります。

こんなにカケラばかり集めて彼らは何をしていたのか。
そうですよね。おっしゃる通りです。
カケラを集めるくらいなら

もっとみる
『1億円の低カロリー』

『1億円の低カロリー』

「金を渡してもらおうか」
サングラスの男は言った。
「いや、ブツが先だろう」
あご髭の男が答えた。
小さなテーブルを挟んで向かい合う2人。
その背後では、それぞれの部下たちが睨み合っている。

あご髭はテーブルの上にスーツケースを置いた。
「ほら、1億円だ」
サングラスが中を確認する。
「間違いないだろう」
部下がスーツケースを持って下がると、今度はサングラスがスーツケースをテーブルにのせた。

もっとみる
『お元気ですか』

『お元気ですか』

お元気ですか。
僕はこうして君に語りかけられるくらいには回復してきましたよ。
回復というのもおかしいですね。生活といった方がいいかもしれませんね。
こうして、優しそうな女の子が運んでくれたコーヒーを飲みながら、君に手紙を書けるなんて。

どうですか、東京の生活は。
あれ以来、こちらには戻っていないようですね。
それは、そうですよね。

結婚されたと聞きましたよ。おめでとうございます。
お相手はやは

もっとみる
『しゃべるピアノ』

『しゃべるピアノ』

ピアノがしゃべらなくなって久しい。
今ではあのピアノがしゃべっていたと言っても素直に信じられる人はいないだろう。
それは、クジラがかつて陸上をのっしのっしと歩いていたと言われてもピンとこないのと同じだ。
進化とは何かを与えると共に何かを奪う。
その過程はピアノも例外ではない。
ビアノは元々、地球に誕生した時は大いにしゃべっていた。
やがて彼らは人間にペットとして飼われるようになった。
一説にはピア

もっとみる

『違法の冷蔵庫』

速報です。
俳優で歌手としても活動中のO氏が、違法冷蔵庫所持の疑いで先ほど警視庁に逮捕されました。
警視庁では今後、違法冷蔵庫の使用についても調べを進める方針です。
O氏の認否については明らかにしていません。
O氏が所属する芸能事務所は、事実関係を確認中とのことです。
O氏については、最近も週刊誌B春が、自宅マンションのベランダで違法冷蔵庫を栽培しているとの記事を掲載していました。
また写真週刊誌

もっとみる
『町のホタル』

『町のホタル』

夜になりみんなが寝静まった頃、
彼女はそっとひとりの部屋を出た。

足音を忍ばせて、早足で歩く。
行先は決まっているようだった。

胸には小さな財布を抱きしめている。
うつむきかげんの顔には期待と不安が表れていた。

角を曲がった先には、
四角い灯りが暗い通りに浮かび上がっていた。

さて、ここでもう少し上空から眺めてみよう。

おやおや、町のあちらこちらで、
同じような四角い灯りを目指して歩いて

もっとみる
『インターホン』(ホラー)

『インターホン』(ホラー)

衝撃を感じて初めて急ブレーキを踏んだ。
何があった。酔いは一気に醒めていた。
車を降りてフロントを確認する。バンパーが少し奥に入っているようだが、大したことはない。ナンバープレートが曲がっているのはすぐに戻せるだろう。
ほっとして路上を見ると赤黒いしずくが点々と続いていた。
その先に女の子が倒れていた。

最初は飲まないつもりだったんだ。
上司の送別会に無理やり駆り出されてしまったんだ。
俺たち部

もっとみる
『ワクチンあります』

『ワクチンあります』

幼い頃から病弱だった。
それはそれは、病気のオンパレード。1年のうち、起きて歩いている時間よりも、寝ている時間の方が長かった。

そもそも健康であった記憶がない。
幼稚園には結局ほとんど行けなかった。小学校、中学校も休みがちで、幼なじみと言えるような友だちもいない。
高校も何とか卒業して、地元の小さな金融機関に就職することができた。

そこでもあいかわらず病気の奴は見逃してくれなかった。
あらゆる

もっとみる