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『空飛ぶストレート』

その頃、無頼派を気取っていた僕は、毎日飲み明かしていた。
4年の夏休みが終わっても就職活動も始めていなかった。
その夜は、彼女と居酒屋で飲んでいた。
「俺は企業に自分を売ったりしたくないね」

突然、彼女の右ストレート。
「お前の飲んでる酒は誰かが一生懸命働いて作ってるんだ。お前の履いてるくたびれた靴もそうだ。あれもこれもみんな、どこかに就職した誰かが、汗水流して作ってるんだ。斜に構えるだけが人生じゃないんだよ!」
翌日から僕は会社訪問を始めて小さな金融会社に就職した。
卒業後彼女が東北の実家に戻ることになり、僕たちの関係は終わりを告げた。

数年後、リーマンショックで会社は倒産。
再就職も上手くいかず、公園で昼間から缶チューハイを飲んでいた。
突然、右ストレートをくらった。
彼女が立っていた。
「あたしの右ストレートはどこでも飛んでいくよ。さ、立ちな」

あれから12年、彼女の右ストレートが飛んでくることはなくなった。
毎日、僕の隣にいる。








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