『お元気ですか』
お元気ですか。
僕はこうして君に語りかけられるくらいには回復してきましたよ。
回復というのもおかしいですね。生活といった方がいいかもしれませんね。
こうして、優しそうな女の子が運んでくれたコーヒーを飲みながら、君に手紙を書けるなんて。
どうですか、東京の生活は。
あれ以来、こちらには戻っていないようですね。
それは、そうですよね。
結婚されたと聞きましたよ。おめでとうございます。
お相手はやはり同じ教職の方とか。
同じ職場の方あたりが君にはふさわしいのかもしれません。
安心してください。訪ねていったりはしませんから。
僕はといえばまだ独り身のままです。
でも、結婚を前提につき合っている人はいるのですよ。
この町はよそ者の君よりも、僕を受け入れてくれたようです。
そう、君はよそ者としてこの町にやってきた。
よそ者の君が僕は眩しくて仕方がなかった。
そして、君はあの年頃の男子が初めて経験することを…。
いやいや、やめましょう。
もう全ては過去のことなのですから。
もちろん、今の僕なら、あの頃の自分に馬鹿野郎と怒鳴りつけることはできます。
でもあの頃の僕は大人の言うことなど信用できなかった。
大人の言う、将来も未来も信用できなかった。
僕に見えたのは君との東京での暮らしだけだったのですよ。
それは間違いなく始まり、永遠に続くと思っていた。
終わるとすれば、どちらかの死以外にありないと思っていた。
2人以外の死など入り込む余地はなかった筈なのです。
それにしても、聞いた時には少し驚きましたよ。
また教職につくとはね。
それに結婚までするなんて。
君の裏切りも僕はもう受け止めています。
いや、君は裏切ったりはしなかった。
そうですよね。
君は自分の生活を元に戻そうとしただけなのですから。
だから今まで通り、悪いのは僕ということなのでしょう。
君は僕に教えようとした。
でも、教え方が子供だった僕には理解できなかった。
あの日、あの列車で東京に行こうと君は約束しました。
夏も終わり、少し肌寒い日だった。
僕は時間よりも1時間も早く駅に行った。
君は駅にいた。君はひとりではなかった。
そこで誰かの人生が終わるなどとは考えもしなかった。
まあいいでしょう。
君も思い出したくないでしょうから。
あれは誰の血だったのかなどと。
僕の手には…。
いや、もうやめましょう。
外はこんなにいい天気なのですから。
それに、10代だった僕が罪を償うには十分な月日が流れたのですから。
先ほども言いましたが、この町は償いが終われば罪人も優しく受け入れてくれるのですよ。
僕は、駅前の喫茶店でこの手紙を書いています。
君の知らない新しい喫茶店です。
東京ではこんな店をカフェというのでしょうね。
どうですか、この町にもこんなに明るい店ができたのですよ。
君の住む東京は、今日は曇りだそうじゃないですか、少し肌寒い。
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