『布団座の怪人』
小学校に入ったばかりのカン君はいつも夜更かしをしていました。
お布団に入っても、お母さんに内緒で本を読んだり、ゲームをしたりしていました。
ですから、朝、お母さんがお越しにきてもなかなかお布団から出ることができません。
「カン、学校に遅れるわよ」
その日もカン君がちっとも起きようとしないので、お母さんは怒って部屋を出ていきました。
お布団を頭からかぶったまま、カン君もそろそろ起きなくちゃなと思っていました。
その時です。
カン君の足の裏を、トントン、トントンとノックするものがいたのです。
見ると、そこには仮面をつけて黒い服を着たおじさんがいました。
「ねえねえ、カン君」
「おじさんは誰?」
「僕は役者なんだよ」
「役者?」
「そうさ。お芝居とかをやっているんだ」
「どこで?」
その時、カン君は仮面の男がニヤッとしたような気がしましたが、仮面のせいではっきりわかりませんでした。
「この奥さ。楽しいよ。ついておいでよ」
仮面の男はそう言うと、お布団の奥に向かって歩き始めました。
カン君もしかたなくついて行きました。
途中、何度も階段を降りたり、角を曲がったりしました。
いつも寝ているお布団の奥がこんなになっているとは知りませんでした。
その頃にはすっかり目も覚めていました。
暗い通路をしばらく行くと、突然明るい大広間に出ました。
大勢の人がいくつも並んだ椅子にすわっています。
仮面の男は、空いた椅子にカン君をすわらせると、正面にある舞台の上に駆け上がりました。
すると一瞬全体が暗くなり、続いて舞台にいる仮面の男が照明に浮かび上がりました。
「ハロー、エブリワン! 布団座にようこそー!」
男が挨拶を終えると赤いカーテンがさっと開いて、ショーが始まりました。
次から次へと繰り広げられる、華やかなお芝居と楽しい歌。
カン君は見たことのない光景にすっかり釘付けになっていました。
その頃、お母さんはカン君がいつまで待っても起きてこないので、もう一度見に行きました。
しかし、お布団の中にカン君の姿はありませんでした。
不思議に思いましたが、知らない間に学校に行ったのだろうと考えて、キッチンに戻ると洗い物を続けました。
その日、夕方になってもカン君は戻って来ません。
心配になったお母さんはカン君の友達の家に電話をしました。
しかし、誰もカン君の行方を知りませんでした。
カン君のお父さんも仕事から帰ると家の近くを探しました。
しかし、やはりカン君は見つかりません。
次の日の朝、お母さんとお父さんは警察に届け出をしました。
警察はすぐに捜査を開始しました。
季節が4回ほど変わると、警察はお母さんとお父さんに、カン君の捜査はこれ以上続けられないと告げました。
お母さんとお父さんは悲しみましたが、仕方がありません。
警察は他にもたくさんの事件を捜査しなければならないのです。
お母さんはカン君の部屋でカン君のお布団を見つめていました。
あの日、無理にでも起こしていればよかった。
でも、涙を流してもカン君は戻ってきません。
お母さんは気持ちを切り替えて、カン君のお布団をさっと片付けました。
その頃、カン君はえんえんと続くお芝居にも飽きてきて、自分の部屋に戻ろうとしていました。
どうやら布団座では時間がゆっくり流れるようです。
来た道を思い出しながら、何段も階段を上りました。
ようやく、向こうに小さな明かりが見えました。
カン君のお布団の裏側も見えます。
「あっ!」
突然、その明かりが消えて、お布団も無くなってしまいました。
カン君は暗闇の中に残されてしまいました。
明かりが消えるその一瞬、カン君は涙を流すお母さんを見たような気がしました。
数年後、お母さんはアル君という男の子を出産しました。
本当なら、カン君の弟になるはずでした。
お母さんとお父さんは大切に育てました。
アル君が小学校に入る歳になり、身体も大きくなってくると、お母さんは考えました。
「そうだ。あのお布団だ」
お母さんはカン君の使っていたお布団をアル君の部屋に敷きました。
ある朝、お母さんがアル君をお越しに行くと、アル君はお布団の足元を指差して言いました。
「お母さん、誰かいるよ…」
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