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大日本末期文学全集

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終末感が滲み出る文章がまとまったら、ここに投稿します。イラストと文を合わせて一つの作品になっていることもあるので、雑誌のような感覚でお楽しみください。
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2021年7月の記事一覧

『プリン』

『プリン』

通りすがりの人に訊ねてみれば

私は3ブロックもはずれた位置を歩いていた

10階建ての公団住宅が縦横に

見渡すだけで数十は軒並んでいる

S氏宅を訪れる理由はふたつあって

ひとつは

貸したカネの催促

だから

行くぞという予告はしていない

ところがこれはまあ

汚い言い方をすればハシタガネなので

どうでもよくて

目的の棟の横手に着いた

まずは窓側へ回って

在宅を確認する

えぇ

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『思い出古地図』

『思い出古地図』

工房は東側に小さな窓がひとつあるだけで

それも半地下になっており

通りの向かいの家を越えてからでないと

朝日が差し込むことはなくて

つまりはほとんど

ランプを灯さないことには

作業などできなかったと思う

地図職人だった爺さんが

父や僕に仕事を継がなかったのは

まともに食っていける仕事じゃないからって

聞かされている

たしかに僕の生きているこの時代に

建築家や土木作業者の測量

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『そういうところだよ?』

『そういうところだよ?』

パパはわたしの発言を耳にした途端

フォークとナイフをパタリと止めて

ハの字にお皿へ置いて

そしてそれならば

おまえの意志は尊重するし

気持ちの奥では応援するが

経済的な支援は一切しない

また

帰郷を許さないのはもちろんのこと

連絡も絶つ

と言って退けられた

別にかまわないけど

というのが

そのときのわたしの思い

そりゃ他よりは多少は裕福でしょうけど

こんな田舎町で

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『おかげで100円出して』

『おかげで100円出して』

「あの…」

反応がない

「あの…」

「なんすか」

「あの、煮玉子…」

「入ってますよ」

「は、はい、はい、入ってます煮玉子…」

俺のはらわたは

スープの寸胴のごとく煮えくり返っていた

ところがそれを

うまく言葉にできない

一口すする

さほど旨…

旨い…

悔しい

今回は俺の負けである

完敗だ

だって

再訪したいもの

もうきょうみたいな

ミスはしない

店主らし

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『でそのボンクラがさらに驚くことに』

『でそのボンクラがさらに驚くことに』

(まえがき)

さて一言お題シリーズラストの5作目は、まえがきから失礼します。まずは出題いただいたアヤコ14世様、ありがとうございます。

で、いただいたお題が「ボンクラ」だったんですが、すでに拙作に同タイトルがあるんですよ。だから今回はその続きを書くことにしました。

(前回までのあらすじ)

世界征服をたくらむ極悪秘密結社「暗闇前衛半裸旅団」に恋人を囚われてしまったシンイチ(あだ名はボンクラ)

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『匕首(あいくち)を』

『匕首(あいくち)を』

見晴らしのよい高原に位置するその建物は

打ちっぱなしのコンクリート壁に囲まれて

まるで美術館のような佇まいで

予約は数か月先まで埋まっているというから

どれだけの盛況かと思ったら

わたしのほかにお客の姿はなくて

友人から

怖いと評判のお化け屋敷のチケットが1枚だけ取れたけど

急用で行けないといわれて

それとなく興味本位で足を運んでみたわけ

わたしの住む都会から

電車とバスを乗

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『なんとかケーション』

『なんとかケーション』

苦痛

なにがつらいって

課員みんなそろって

毎日ランチに行くんです

課長曰く

”飲みにケーション"が出来ないから

"昼にケーション"なんですって

あぁわたしは一人でのんびり

お弁当でも食べたいのに

課長が選ぶお店はだいたい

体育会系の学生が好みそうな食堂か

ラーメン屋さん

課員6人でカウンターに並ぶこともあって

誰も異論を言わないのが

ほんとうに不思議です

まぁ課長は

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『被せ気味にプロポーズされた』

『被せ気味にプロポーズされた』

河川敷に散歩に出かけようと彼氏に言われたから

そんなに気乗りがしなかったけど

ついていった

夕陽のせいでまだ暑いし

蚊がぶんぶん飛んでいて

あんまり心地よくはなかったけど

道すがら買ったアイスカフェラテに

助けられた

ベンチに座ると

少年野球チームが練習を引き上げる光景

そういえば付き合い始めた頃

いまと同じように

河川敷に腰かけて

ぼうっとした記憶があるよ

こんなのっ

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『実に気が利いている』

『実に気が利いている』

実に気が利いている

本来なら夏休みの書入れどき

海からほど近いこの街は

こんな冴えないビジネスホテルですら

満員御礼のはず

ところがご時世もご時世

俺みたいな社畜がちらほら利用するだけ

(商談なんてオンラインでいいだろう)

だからサービスがとても良い

朝食バイキングからして夏らしいメニュー

俺は食欲の高ぶりを抑えて

まずはそうめんをお盆に載せる

ん?

んんん?

あの前方

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『曲のあとを追いかけるように』

これといった特徴のない

雑居ビルの地下にいざなわれる

重い扉を押すと

薄暗い空間にグランドピアノが置かれ

唯一の照明があてられていた

私の手を引いた本人は

一人掛けのソファに私を座らせたのち

自ら鍵盤の前へ

静かな

とっても静かな曲を奏で始めた

音楽に疎い私は

それが誰かの曲なのか

この人のオリジナルなのか

またそのジャンルですら

いまいち理解が及ばなかった

ただひと

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『半分、工口い』

『半分、工口い』

長年の夢だったミニシアター

無名の秀逸な映画を買い集めて

興行成績は気にしないといえばウソだけど

なによりも

自分好みの作品だけを上映するって

なんだかたまらないよねえ

こけらおとしの二週間はこんなラインナップで

様子をうかがうとしよう

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PM1:00-PM2:45

『思惑』

2004年 ベラルーシ

監督:ヴラジミール・ベシチェフ

主演:アレクサンドル・ヴァリ

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『巡礼の村』

『巡礼の村』

尾根に向かって九十九折の途中

南向きの急斜面に

石畳の街道を挟んで

ほんの小さな集落があって

尾根の突端にある教会を訪れる

巡礼者の休息地になっていた

見下ろせば荒涼とした大地

燦燦と太陽が一面を照らす

旅人の多くは清貧を理念としているから

落とすカネも多いわけではなく

村が潤うこともないのだが

集落には天然の水が湧いていて

飲めば万病に効くとされていた

村人たちは日々の

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『これしかなかった(はず)』

『これしかなかった(はず)』

「ふつうこういうのは、死んでからなんだけどな」

晴れ晴れとした夏空のもと

本社ビル屋上の庭園で

かっかっかと笑いながら

社長みずから幕を引く

じゃじゃーんと引かれた布の下から登場したのは

なんとも立派な

社長本人の銅像

(に、似てない…)

式典に寄せ集められた社員一同の感想は

これしかなかった(はず)

「んん?これ俺か?」

自身も目を見開いて銅像を覗く

社員一同うつむく

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『蓋は内側から閉められるように』

『蓋は内側から閉められるように』

結果としてこういうことになったのは

ほんとうに謝ります

でもわたしは彼を

心から愛していました

「えぇ、そうですねダブルベッドくらいの寸法で」

だって彼は

わたしのことなんて見向きもしないから

身勝手な発想だということも

承知しています

「はい、蓋は内側から閉められるようにお願いします」

なかば錯乱していたわたしが

彼を手に入れるためには

このような

倫理に反した手段しか

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