『プリン』
通りすがりの人に訊ねてみれば
私は3ブロックもはずれた位置を歩いていた
10階建ての公団住宅が縦横に
見渡すだけで数十は軒並んでいる
S氏宅を訪れる理由はふたつあって
ひとつは
貸したカネの催促
だから
行くぞという予告はしていない
ところがこれはまあ
汚い言い方をすればハシタガネなので
どうでもよくて
目的の棟の横手に着いた
まずは窓側へ回って
在宅を確認する
えぇと…703
左端が1号室のようだから
上へ7つ数えて…
あぁ洗濯物が干してある
電気代をケチっているのか窓も開いている
間違いなく
S氏は家にいる
彼を訪ねるもうひとつの目的は
あることについての追及
もう何十年も前に
私を激怒させた
彼自身
ハシタガネの借金とともに
そんなことは忘れているかもしれない
当時私は
いま以上に引っ込み思案で
何か目の前で災難が降りかかっても
なんのリアクションも取れない子供だった
だからその日
何かの祝い事で
給食にプリンが出て
それをS氏にかっさらわれても
抵抗どころか
文句の一つもいえなかった
いまから行くぞ!
おいS
冷蔵庫にプリンは
あるだろうな!?