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レントよりゆったりと〔随想録〕

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#執筆

正解のない宛先

正解のない宛先

知人より「職場内のプレゼン資料を見てほしい」と頼まれ、カフェでスライドを拝見した。そうしたら2枚目で気が散ってしまって、進んでいくスライドの内容が全く頭に入ってこなかった。

「ねぇ、菌名はふつうイタリック体表記じゃない?」
「いや、そういう些末なところはいいから本質の部分を指摘して」
「あのね、サブリミナルな違和感が視聴者を本質から遠ざけるの。直した方がいいよ」

僕が食い下がると知人は腑に落ち

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エッセイ「詩人としての武田鉄矢」

 武田鉄矢さんと言えば金八先生。と言っても1980年代生まれの僕には、金八先生は少しばかり暑苦しく感じたりしないでもない。今の若い世代では金八先生を知らない人もいるかもしれない。
 役者としての彼をあまり知らない。しかし歌手としての武田鉄矢さんの魅力については少しだけ書けることがある。今回はそんなお話。先日某ワイドショー番組で彼が出演していて、昭和歌謡の歌詞の変遷について語っていた。その時に、現代

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エッセイ「あなたの眼鏡の色は」

 『色眼鏡』 先入観や偏見のもとに物事を見ることのたとえとして、否定的な意味で使われることの多い言葉だ。逆に、先入観や偏見を肯定的に捉えようとする、一般的な日本語を僕は知らない。

 日本語使いとして悔しいことだが、英語にはその表現がある。『rose-colored glasses』(バラ色の眼鏡)。その眼鏡を通して見ると全てがバラ色に映り、楽天的で能天気なことのたとえである。「ああ、なんとステキ

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エッセイ「月が綺麗ですね」 #執筆観

 成立年代は不明であるものの『竹取物語』は日本最古の物語と称される。しかしその結末において、ある西欧人の文学研究者は首をかしげたそうだ。かぐや姫は月から来て、5人の男性に求愛される。しかし、かぐや姫を娶りたいと思う彼らの気持ちや努力を尻目に、彼女は別世界である月に帰ってしまうのである。

 ここで議論されているのは「人間の力を超えた超自然に対する態度」である。日本の民話には、人間と超自然の間に決定

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エッセイ「詞が詩になるとき」 #執筆観

 人と人との関係から生まれる表現の話をしたいと思う。

 小さい頃から作曲の真似事なんかを続けていて、10代の頃には学内で音楽ユニット活動をしていた。当時はglobe、Every Little Thing、D-LOOP(これは知る人ぞ知る)などが流行っていて、女性ボーカル+作詞・作曲・プロデュースを一挙に担当する男+αという形に憧れた。そして僕の作ったユニットは、女性ボーカルと僕の2人組から始まっ

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エッセイ「詩のお師匠さん」 #執筆観

 春は花に目を奪われる。夏は新緑の青さと陽の眩しさに圧倒される。〈秋は紅葉……〉。冬には足が家に向き心は内を向く。
 秋は紅葉。キンモクセイが香ったと思ったら、いつの間にかモミジやイチョウは視界を彩っている。でもそれは一瞬のこと。冬にうつろうひととき、疎らになった葉の隙間には幹や枝が覗く。秋の終わりには樹が主役になる。花でも実でも葉でもない。樹だ。

 「お師匠さん」
 あなたの顔を心に浮かべる。

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エッセイ「詩と小説」4. #執筆観

 本稿には少しばかりですが、東日本大震災についての内容を含みます。心的外傷等をお持ちの方は、どうぞご注意下さい。

 詩人・立原道造には『くん』が似合う。『君』ではダメだ。むしろ『きゅん』くらいでいい。
 『立原くん』『みちくん』『立原きゅん』……
 どうでしょうか?

 立原くんは1914年(大正3年)に生まれ、24才の若さで夭折した。同世代の詩人に中原中也(1907〜1937年)がいて、こちら

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エッセイ『ある王女の詩の変容』 #執筆観

 僕は言葉の力を信じている。ずっと胸の奥底に眠っていた或る言葉が、ふと目を覚ます瞬間に出くわしたことは、きっと誰にもあると思う。取り出したり、仕舞われたりするたびに、少しずつ意味が変わっていくことも……
 今回は或る漫画のセリフの話題。

 『DRAGON QUEST -ダイの大冒険-』(以下『ダイ』)は1989年から8年間に渡って連載された漫画で、原作者である三条陸氏は多くの人気漫画や実写特撮作

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エッセイ「詩と小説」3. #執筆観

 先日、まったく接点のない分野にいる2人が、それぞれ、違う場所で、同じ日に同じようなことを話しているのを聞いた。デジャヴ? きっとそうじゃない。

 あるフランス文学者は言った。
「ニーチェってさ、なんだか難しいこと書いてて、正直俺もよく分からないんだけど、なんとなく字面見ているだけでカッコ良くて引き込まれない?」

「方言の昔話は意味を理解しようとして聞くものではないのです。なんとなく意味のわか

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エッセイ「詩と小説」2. #執筆観

 室生犀星は1910から20年代は詩を多く書き、1930年代には小説の多作期に入った。1934年には『詩よ君とお別れする』を記し、詩との決別宣言を述べたが、その後も詩作を続けている。

 愛を唄う詩人は、出自や容姿のコンプレックスを克服するために詩を書いた。もっとも弱い人間が、もっと弱い人間を見つけ、手を差し伸べたくなるような詩だ。弱い人間は他人に手を差し伸べる瞬間だけは強くなれる。その差し出した

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エッセイ「詩と小説」1. #執筆観

詩という絵画をいくら重ね合わせても物語にはならない。詩の持つ、時間と空間の・主体と客体の伸縮性が、小説の時間的順序の中では、双方に悪影響を及ぼしてしまうからだと思う。
詩的な物語を書きたいと思った時、登場人物に詩的な散文を吟じさせて満足するか、筋に重きを置かず客観的事実が少なく抽象性の高い文章に挑戦するか、しかないのか?
と、ここまで書いて結局自分は詩的な物語ではなく、実は美的な物語を書きたいとい

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青い風花

青い風花

第一詩集『青い風花』 矢口蓮人 著

ビルの隙間風に舞うのは、枯葉でも花びらでもなく、いつかの日に溢れて拾い損ねた想いだった。
16の詩に乗せて謳う、青年の強がりと少女の孤独。
大人になってしまったあなたが、なくした鍵がここにある。

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けものみち  #随想

けものみち #随想

駅の階段を降りる、急ぎ足に。交差する人の流れの間で一際目立つ生き物が、視界の片隅から中央に近づいてくる。間違いない、あれは獣だ。ということは、ここはサバンナか。

猫背、というより狙いうかがうように背中を折りたたみ、寒くもないのに両手をポケットに突っ込んで、上肢帯は歩く度に根元から大きく交互に振れる。
雌を値踏みして歩く王さながらの、いやらしい顔つき。前方に突出した顎先から、野心の片鱗が垣間見える

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上流に向かって  #随想

上流に向かって #随想

瞼に垂れる車。揺れる車。それとも揺れているのは僕の車か、僕の体か。あの色はなんて言ったらいいだろう。ベージュかライトブラウン。どちらも車の色を形容するにはどこか頼りない。

古めかしい矩形のSUV車はボディが弱そうだ。光沢もない。それは隠すことや守ることを知らない、野性の肉体のような生々しさを思わせる。

四面に大きく開けた窓からは、運転手の横顔やら項やらが丸見えだ。清々しく水色の空を切って行く。

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