エッセイ「詞が詩になるとき」 #執筆観

 人と人との関係から生まれる表現の話をしたいと思う。

 小さい頃から作曲の真似事なんかを続けていて、10代の頃には学内で音楽ユニット活動をしていた。当時はglobe、Every Little Thing、D-LOOP(これは知る人ぞ知る)などが流行っていて、女性ボーカル+作詞・作曲・プロデュースを一挙に担当する男+αという形に憧れた。そして僕の作ったユニットは、女性ボーカルと僕の2人組から始まった。

 女性ボーカルは同級生で、なぜか彼女のあだ名は『ビューティー』 いつしか皆からそう呼ばれていて、誰もそのことに違和感を感じていなかった。たしかに綺麗な顔立ちをしていたけれど、もっと綺麗な人は他にもいたし、取り立てて美を主張する顔でもない。学生時代のあだ名なんて、大抵適当に付けられてなんとなく呼び続けるうちに名前と一体化して、由来が消失してしまうことがほとんどだ。『ビューティー』もその例に漏れない。しかしなぜ彼女が『ビューティー』だったのかを考えた時に、1つのエピソードを思い出した。

 今となっては黒歴史だけど、当時流行っていた音楽の世界観の影響で、僕は退廃的な詞や曲を書いていた。浜崎あゆみとか、松室麻衣とか、あとはMALICE MIZERなどのヴィジュアル系など、象徴的な世界観の影響が強かったのだ。そこで〝過去の恋愛の記憶が残るバラ園〟というテーマで曲と詞を書いた(恥)。

 歌のある曲では当然のように、同じメロディの中での歌詞の差異が効果的な抒情を生む。音数は一致するし、メロディを意識すると音韻も寄せやすい。その曲で僕の書いた歌詞の一部は、

「思い出はバラのように舞うけれど……」「思い出がバラのように散るけれど……」

 まあ、ホントに、陳腐な詞で泣きたくなるんだけど、どうかこのままお付き合い下さい。
 「舞う」も「散る」も直喩で、ここではだいぶペシミスティックな単語だ。僕のペシミズムはこの頃に始まったものではない。たぶん生まれ持ったものと認識している。その厭世観を表現することが音楽活動の目的だったし、自分1人の力で創作したいという、奢った欲もあった。
 しかしその曲の完成間近のとき……なぜかそのときは、『ビューティー』に相談をしたんだ。「この歌詞、どう思う?」って。そうしたらビューティーは、
「3番サビは1番サビの繰り返しじゃなくて、こうしたい」と。そして彼女が提案したは、

「思い出がバラのように叫ぶけど……」

 ???
『なんだこの感覚は? 良い、うん採用』

 今あの時の感動を改めて分析してみる。〈舞う〉も〈散る〉も動詞だけど、受動的で静的な単語だ。一方で〈叫ぶ〉は非常に動的な動詞だ。そこには意志がある。ペシミズムを乗り越えんとする強さがある。なのにペシミズムを失わない。
 また〈まう〉も〈ちる〉も2文字だが、〈さけぶ〉と3文字にすることで動詞の優位性も強くなる。〈思い出〉に〈バラ〉に、命が生まれた瞬間だった。詞が詩になったときだ。

 では静的な動詞や直喩が悪いのかというと、きっと必ずしもそうではない(と自分では思いたい)。静から動への転換があることで両者が際立ち、作品全体に動きが生まれる。ただ佇んでるだけでもダメ、ただあくせく動いているだけでもダメ、なのだろう。このエピソードをレトリックの問題として、ただ直喩と暗喩という区分で片付けるのは簡単なことだ。しかしこの『人の表現を受け容れて新しい表現が生まれた』実体験の感触は自分の中ではだいぶ大きい。

 僕1人の思想や表現力なんてたかが知れている。先に示した陳腐な詞が如実に物語っている。だからこそ人との関係を求める。合体をするのだ。相手はこのエピソードのように朋友の場合もあるし、現代のアーティストや、古典のこともあるだろう。ファミレスのとなりの席に座る見知らぬ人とだって、新しい表現を生み出せるかもしれない。

 天才のことは分からない。もしかしたら彼らには神の啓示のようにオリジナルなアイディアが絶え間なく降ってきているのかもしれない。しかし少なくとも僕に限って言えば、人と関係を結んで合体しないと良い表現は生み出せない。
 それは模倣とも借用とも違うし、オマージュでもコラボでもない。やはり『関係』か『合体』としか呼べないのだ。そこには自分の意図から遠くかけ離れた偶然性が潜んでいて、それが面白い。

 さて『ビューティー』とのエピソードを掘り下げてみたけれど、なぜ彼女が『ビューティー』と呼ばれていたかはやはり分からない。強いて言うなら、僕の書いた詞を立てながらも、自分の主張をしっかりと持っていて瞬時に取り出したところは、彼女の『美性』を示しているのかもしれない。いや、考えすぎか。『ビューティー』は、ただ『ビューティー』なのだ。

 ペシミズムに関してはまた後日書こうと思う。


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