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けものみち #随想

駅の階段を降りる、急ぎ足に。交差する人の流れの間で一際目立つ生き物が、視界の片隅から中央に近づいてくる。間違いない、あれは獣だ。ということは、ここはサバンナか。

猫背、というより狙いうかがうように背中を折りたたみ、寒くもないのに両手をポケットに突っ込んで、上肢帯は歩く度に根元から大きく交互に振れる。
雌を値踏みして歩く王さながらの、いやらしい顔つき。前方に突出した顎先から、野心の片鱗が垣間見える。口元には不敵な笑みが浮かぶ。

何がそんなに楽しいのだろう。

しかし頭のてっぺんから爪先まで全て、計算し尽くされたかのような整合だ。臓器の形質だけではない。遺伝子と環境と、おそらく本人の意志のようなものまでも。
私は彼を羨ましく眺めた。その本質がどんな下品なものであろうと、実は帰宅後にママに泣きついていたとしても、世界に主張できるものがあることは素晴らしいことだ。

息を潜めた。女の長話を聞いているようで酸欠になる。

……すれ違いざまに、その顎に噛り付いてみたとしたら。きっと男は一瞬たじろいで、身を引っ込める。慄くような眼、蔑むような瞳孔。かつて大きかった躯体は、すっかり縮こまって顕示欲さえ引っ込めるだろう。

男は私の存在にさえ気付くことはなかった。左後頭部にささやかな風の音を残して、あっという間に去った。そうか、あんな大男でさえここでは私の後ろ髪を揺らすことくらいしかできないのか。

突然嬉しさが込み上げた。私は階段を一気に駆け降りた。しかし、立った場所は色がない世界。昨日見たような、ただの駅の眺めだった。


2016.11.12

#執筆 #随筆 #随想 #雑記 #エッセイ

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