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こみこみこ
2020年9月18日 18:13
「私。急用が…」消え入るような声で呟くと、真美は踵を返した。「ダメですよ。逃げたら」真美が振り返った目の前に同じような背格好の女がいた。「おお、市川さん」紗雪は真美の耳元から少し顔をだして頷いた。昨夜、広季から真美が美里の実家へ現れる時間に合わせて来るよう連絡があったのだった。真美は広季と紗雪の間に挟まるような形になった。「逃げるようなマネをしたってこと丸出しやないですか」紗雪に
2020年9月16日 17:44
暦の上ではもうすぐGWであるというのに、今年はその気配すら感じられない。どこへ行っても営業が自粛されたり、短時間しか活動できなくなったりしているからだ。繁華街から人は消えたが、住宅地では増えた。企業がテレワークを推進し、子供たちは目下休校中の身である。朝早くから遅くまでエネルギーを持て余した子供たちの声を聞くと、広季は一人娘の可南を想い、涙を流していたのだった。しかし、そんな毎日も昨日で
2020年9月13日 19:10
紗雪は広季が滞在する部屋に美里を無事送り届けると、ゆっくりと廊下を歩きだした。鼓動がいまさらになって早くなる。右耳の後ろから汗が流れた。エレベーターを待っている間に肩を上下させて体をほぐすことを意識する。間で大きく深呼吸をしてみた。肩甲骨をぐるぐると回したあと、広季と美里のいる部屋を遠目に伺う。ドアは閉じられたまま。何の異変も感じられなかった。エレベーターが到着し、ドアが開く。なだ
2020年9月11日 14:20
広季は部屋のインターホンが鳴ったと同時にドアを開けた。姿が見えないよう、ドアに身を隠す。「さあ、入って。振り向いては駄目ですよ。まっすぐ歩いて」「はい」美里の肩を抱いて紗雪が入ってくる。「さ、ベッドに腰掛けて」二人は広季に背を向けてセミダブルベッドにゆっくりと座った。紗雪は美里の背中を撫で、耳に髪の毛までかけてやっていた。「大丈夫、大丈夫」耳元で囁くと、美里は肩の力を抜き、深く息
2020年9月10日 17:45
しばらくすると、広季だけがエレベーターホールへと消えていった。紗雪がフロントへと歩いてくる。「ごめんな。いきなり」「ええよ。どうせ暇やし」パソコンの画面から目を離さずに修は答えた。「探偵稼業も楽やないわ」紗雪は大きく息をつきながらフロントに背を向け、カウンターに両手を伸ばした。「ハニワ誠実教って、いろいろやらかしてんの?今回みたいに」振り向くことなく紗雪は修に訊ねた。「そうやなあ
2020年8月24日 00:46
あ、名前、きちんと言っていなかったですね。芦田美里と申します。職業は専業主婦です。夫とは今、別居しています。あのう、そうですねえ。去年の今頃ですかね。家にいると、ちょうど天気が悪くなり始めていまして。雨が降るかもしれないなって、部屋の窓ガラス越しに外を見たんです。その時に窓ガラスに映った自分の顔を見て、あれ?この人、誰なんやろうって思ったんですよね。何だかこう、私というのは、夫と
2020年9月6日 17:02
修はフロントで書類整理をしながら、紗雪を待っていた。最初に届いたメールを見た時には度肝を抜かれた。―私、芦田さんとホテルに行くから。-読むなり修の顔が真っ赤になったのは言うまでもない。嫉妬はもちろん、この間自分と関係を持ったばかりだというのに相手がほかにいるのか、しかもこのホテルへ一緒に来るのかと、紗雪の神経を疑った。―あ、今、変なこと書いたかも。誤解せんといて。これには事情があってやな
2020年9月6日 15:31
タクシーは5分もしない間にやってきた。スマホをいじっていた紗雪を先に乗せ、広季はあとに続いた。「桜ノ宮のホテルブルームまで」「はい」金髪をひっつめにした初老の女性運転手は、紗雪の注文に甲高い声で答えた。少し無邪気で幼女のような明るい声だった。車は静かに動き出した。「お客さん、ちょっと寒いかもしれませんけど、コロナ対策でちょっと窓開けさしてもらってますんで」広季は車内の窓を一つ一つ見
2020年8月30日 15:48
広季は公園でブランコを漕いでいた。マスクをした親子づれがジャングルジムや滑り台で遊んでいる。ひとりブランコを漕ぐ広季の姿を時折見ては目をそらしていた。「たぶん、お前、変質者やと思われてるで」隣のブランコに腰掛けたスリムが冷やかした。「どう思われたってええわ」「さて、うまくやってくれたでしょうかねえ、おばさん探偵は」「さあ。でも、頼れる人がほかにおらんしなあ」「秘書の福井さんは」「
2020年8月20日 00:13
可南からの電話を切った後、広季は唸った。「ああ。腹立つわー」タンクトップとトランクス姿で地団駄を踏むごとに腹と胸が揺れている。「どないしたんや」ソファ越しにスリムが訊いた。「あのなあ、あ、せや、あの人に連絡しよう」広季は紗雪に電話した。「あ、市川さん。芦田ですー。どうもお世話になります」「ああ、お世話になりますー」「市川さん、早速探偵の仕事やってほしいんですわ」さっきまで
2020年8月22日 22:15
ドアの隙間から顔を出した美里は、ビアホールで見かけた時より、しぼんで見えた。「こんにちは」紗雪は無表情を意識してあいさつした。とはいえ、顔のほとんどが眼鏡とマスクで覆われているのだが。「こんにちは。あの。明日じゃなかったでしたっけ?」肩にかかった髪を整えながら、美里は訊いた。「お友達が日にちを間違えたみたいですね」「あ、そうなんですか。ちょっと友達に連絡して来てもらいます」「私がも
2020年8月21日 23:43
可南の誘導により、紗雪は美里の実家へと向かった。広季は公園で待機している。いきなり会ったばかりの子どもとふたりきりになって不安だったが、可南が明るい子だったので紗雪はほっとしていた。「探偵さんは、友達おる?」「あー、いるっちゃあいるけど、最近会ってないなあ」「じゃあ、彼氏は?」「うーん」修とよりを戻したわけではなかったので、紗雪は考え込んでしまった。「おるんや!」可南は黒目を輝か
2020年8月20日 22:53
瀟洒な邸宅が立ち並ぶ静かな通りを行くと、公園に差し掛かった。「可南~!」甘い声を出しながら、広季が走り出した。ブランコに乗ったその女の子は人差し指を口元のマスクに持ってきた。その様子を見て、広季は走るのをやめてゆっくりと歩き出した。紗雪はトレンチコートのポケットに手を突っ込み、二人の様子をうかがっていた。「元気にしとったかー、可南」「だから、静かにしてよ」両手を広げて抱きしめる気満
2020年8月18日 23:23
広季は朝からずっと泣いていた。ネットフリックスで話題の韓国ドラマを観ているうちに、感情移入しすぎて気がつけば涙を垂れ流していた。「お前、ほんまによう泣くなあ」同じソファに腰掛けているスリムが呆れかえっている。「年取ったら涙腺ゆるうなんねん」「そうですか。あ、電話や」テーブルの上で光るスマホをスリムが指さした。広季はティッシュペーパーで鼻水を拭きつつ、スマホを取り上げた。画面には、妻