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小説 桜ノ宮 ㉓

広季は公園でブランコを漕いでいた。
マスクをした親子づれがジャングルジムや滑り台で遊んでいる。
ひとりブランコを漕ぐ広季の姿を時折見ては目をそらしていた。
「たぶん、お前、変質者やと思われてるで」
隣のブランコに腰掛けたスリムが冷やかした。
「どう思われたってええわ」
「さて、うまくやってくれたでしょうかねえ、おばさん探偵は」
「さあ。でも、頼れる人がほかにおらんしなあ」
「秘書の福井さんは」
「業務外やろ。あ、戻ってきた」
紗雪は小走りに公園へやってきた。
スリムは姿を消した。
「お疲れさん、どうやった」
広季はブランコから飛び降りて紗雪を迎えた。
「芦田さん、私と一緒にホテルへ行ってください!」
息を切らしながら、紗雪は広季を見つめた。
「え?!」
広季は一瞬戸惑った。
「ああ、言いかたが変でした。あの、私、1時間後に奥さんとホテルブルームで待ち合わせをしているんです。先に芦田さんにホテルの部屋に入ってもらって、そこに私が奥さんを送り込みますから。そこで一芝居打ってもらいたいんですよ」
「は、はあ」
広季は一瞬でも紗雪が自分を誘っているのかと勘違いしたことを恥じた。
「とりあえず、急ぎましょう。芦田さん、タクシーを呼んでください。私はホテルの部屋を取ります。詳しい内容はホテルについてからお話しします」
「わかりました」
広季はアプリを使ってタクシーを呼んだ。
紗雪は電話をかけている。
「あ、もしもし、修君。今日、仕事?部屋一つとってほしいんやけど。うん、あ、ほんまに。これから行くから。お願いします。詳しいことはメールとあとホテルについてから。うん。ほな」
電話を切ると、紗雪は広季のほうを振り返った。
「ホテルの部屋は取れました。タクシーは?」
「5分以内にこの公園まで来るって」
「了解です」
紗雪は眼鏡をはずし、バッグへ放り込んだ。
「芦田さん、奥さん、予想よりもやばいことになっていますよ」
広季は首筋が痺れるのを感じた。

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