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Random Walk

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執筆したショートストーリーをまとめています。
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#ショートストーリー

【ショートショート】記憶冷凍

【ショートショート】記憶冷凍

記憶を冷凍できる技術が発明されて久しい。簡単なヘッドセットをかぶるだけで自分の記憶を取り出しておくことのできる手軽さからこの技術は急速に広まっていった。
普及の初期段階では都合の悪い不正の記憶を冷凍して隠しておき、「記憶にございません」などとのたまった政治家が逮捕される、などの珍事もあるにはあったが、過去に何度もあった革新的な技術と同様に世間はこの新しい技術に次第に適応していった。
冷凍されるのは

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【ショートショート】春を奏でる

【ショートショート】春を奏でる

並んで街を歩いていた彼がふと足を止める。楽器店のショーウィンドウの前、そこに展示されているアコースティックギターにどうやら心引かれているようだった。
「そんなに気になるなら見せてもらったら?」
その場に貼り付いてしまったかのように動かない彼に私は声をかける。彼はそうするね、と言って店に入り、店員さんに頼んでそのギターを手に取った。
「ああ、これはいいギターだ。春ギターだね」
そうつぶやきながらギタ

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【ショートショート】オバケレインコート

【ショートショート】オバケレインコート

「オバケレインコートを発明したぞい」
嬉しそうにそう告げてきた博士に向けて助手ちゃんが不審そうな目を向ける。
「また珍妙なものを……ちなみにどんなものなんです?」
「このレインコートを羽織ればオバケのように透けるし空も飛べるのじゃ。具体的にはランダムヘキサゴンタイプのメタマテリアルで波長光の回折と反重力場の形成を同時に行っておる」
「何言ってるか分かりませんが凄いのは確かですね……」
複雑な表情を

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【ショートショート】深煎り入学式

【ショートショート】深煎り入学式

「今年の入学式は深煎りにしたいね」
「はあ。……は?」
今年の入学式に向けての書類の準備中、ふとした様子で校長がつぶやいた。何を言っているのか咄嗟に理解のできなかった私は間抜けな返事をしてしまう。キョトンとしている私に向けて呆れたように校長が話し始める。
「なんだ君は、深煎りも知らんのかね」
「はあ」
「深煎りというのはだね、コーヒー豆の焙煎度合いのなかで最も深い煎り方のことだよ。 苦味が強くなり

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【ショートショート】蜘蛛の命乞い

【ショートショート】蜘蛛の命乞い

なんの気なしに足元を見たら、蜘蛛がいた。
慌てて丸めた新聞紙で潰そうとすると、なんとそいつが命乞いしてきた。
「許してください。私はただの哀れな蜘蛛なのです」
「でも蜘蛛でしょ。気持ち悪いしなぁ」
「そんなこと言わないでください。ほら、昔話にもあるでしょう。蜘蛛を助けると良いことがありますよ。それに私は害虫も食べる良い蜘蛛なんですよ」
「ほう、そうなんだ」
僕が手を止めると、そいつはチャンスと思っ

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【ショートショート】桜回線

【ショートショート】桜回線

「ねえ、知ってる? ソメイヨシノって全部同じ木から生まれてるんだって」
僕のとなりで彼女がつぶやいた。
「へえ、そうなんだ」
どこか上の空で僕は答える。
僕らは桜の花びらが舞い散る中を並んで歩いていた。
「うん。だからね、いまここで見ている桜と、キミがこれから行く先で咲いている桜は同じものなの。だから……きっと寂しくないと思う」
そんなことを彼女が言ってきたのは、僕が故郷を離れる日だっただろうか。

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【ショートショート】三日月ファストパス

【ショートショート】三日月ファストパス

「ファストパス取った〜」
満面の笑みを浮かべて彼女が駆け戻ってくる。手には二枚のチケットが誇らしげにヒラヒラと揺れている。
「けっこう高かったでしょ。そんなに無理しなくてもよかったのに」
彼女からチケットを受け取りながら僕は尋ねた。
彼女がブンブンと勢いよく首を降る。
「何言ってるの、せっかく久しぶりの二人っきりのお出かけなんだからさ、するでしょこれくらい」
スキップしそうな勢いの彼女が飛び出さな

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【ショートショート】金持ち教習所

【ショートショート】金持ち教習所

 適当に買った宝くじがまさかの高額当選とは。銀行に着くと恭しく奥の部屋へと通された。行員から「誠におめでとうございます」と告げられた後、受領手続と共に高額当選者の心構えを説明される。浮かれて身を持ち崩す者が多いらしい。行員が告げる。
「実は当行は高額当選者の方向けの特別教習があります。『金持ち教習所』などと言われているようなのですが、受講頂ければ絶対に身を持ち崩すことはありません。いかがですか」

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【掌編小説】誰が為の絵画

【掌編小説】誰が為の絵画

「ねえねえ、AIの呪文に『入力してはいけない言葉』があるって知ってた?」
ある日の昼休み、クラスメイトの****がひそひそ声で言ってきた。
「AIって『Imaginarygifts』のこと? 入れちゃいけないって、その……エッチな言葉とか……?」
内容が内容だけに私も小声で返事をする。
「違う違う。もっとやばいワードがあるって話」
「聞いたことないなぁ」
 『Imaginarygifts』

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【掌編小説】けなげな鍵

【掌編小説】けなげな鍵

 ちょっと聞きたい。あなたは忘れ物をしやすい人かい? もしそうなら俺と同類なんだが、思うにそういう人は、基本的に適当なのだ。適当にぽいっと置いてしまうからすぐに物を無くしてしまう。それが良くない。まあ色々と忘れ物をしてしまうのだが、よく無くすのは鍵だ。もちろん無くしてしまう俺が悪いのだが、だいたいあのサイズがよろしくない。すぐにそこらの隙間に入り込んでしまって、どこに行ったか分からなくなる。

 

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【掌編小説】老作家の顛末

【掌編小説】老作家の顛末

「うーむ」

 老作家は原稿用紙を前にして、かれこれ数時間は唸っていた。隣には若い担当編集者が老作家の原稿が出来上がるのをひたすら座って待っていたのだが、既に根負けしてしまったのか正座をしたまま居眠りを始めている。がくん、と大きく首が下がると編集者はハッと目を覚まし、老作家に聞いてくる。

「出来ましたか」

「いいや、まだだ」

「そうですか」

 老作家の返事を聞いて編集者はがっくりと肩を落と

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After, After Night

After, After Night

まるでお菓子の家みたいな所だったな、と思う。ちょっと手を伸ばせば、甘いお菓子がすぐ手に入る、魔法使いが住むおうち。望めばなんでも手に入れられて、でも、いちばん欲しいものはそこには無くて。

そのおうちは、主である魔法使いがいつも不在だった。

聞けば誰もが知っている外資系の超有名ホテル。その最上階のプライベートルームを、かつて恋人だった祐介は住まいにしていた。私が彼と住んでいた、まるで優しい牢獄の

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Calling

噂に聞いていたとおり、大通りから少し外れた住宅街の片隅に、その電話ボックスはあった。

そこはまるでぽっかりと穴が開いているような、街の死角のような空間になっていて、私もあらかじめ場所を聞いていなければ、そこに電話ボックスがあることに気がつかなかっただろう。私は通りの反対側からあたりを見回して、人がいないことを確かめる。悪いことをしているわけではないはずだけど、なんとなく誰かに見られたくはなかった

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歌うクジラ

歌うクジラ

覚えているのは、煙草の匂いと、弦を爪弾く音。

「クジラの死因ってさ、ほとんどが溺死らしいよ」

一戦交えた後のベッドの上で、重ねた枕にもたれてくわえ煙草でスマートフォンをいじりながら良介がこちらに話しかけてくる。ふーん、と手鏡を覗き込んで崩れた化粧を直しながら、気怠さの残る体でわたしは気のない返事を返す。

壁紙がうっすらとヤニで黄色くなったアパートの狭い六畳間には先ほどまでの熱気と湿気がまだこ

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