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【ショートショート】深煎り入学式

「今年の入学式は深煎りにしたいね」
「はあ。……は?」
今年の入学式に向けての書類の準備中、ふとした様子で校長がつぶやいた。何を言っているのか咄嗟に理解のできなかった私は間抜けな返事をしてしまう。キョトンとしている私に向けて呆れたように校長が話し始める。
「なんだ君は、深煎りも知らんのかね」
「はあ」
「深煎りというのはだね、コーヒー豆の焙煎度合いのなかで最も深い煎り方のことだよ。 苦味が強くなり、酸味はほとんど感じられなくなる。 いわゆる「フルシティーロースト」だな。そのくらい深い味わいのあるものにしたいのだよ。分かるかね」
「はあ、焙煎ですか……」
この人も悪い人ではないとは思うが、いくら好きだからといって何事もコーヒーに例えるのはやめてほしい。こちらはコーヒーの味など何もわからず、酸味だの苦みだの言われても全くピンとこない味オンチなのだ。
校長はいよいよ上り調子でコーヒーの焙煎方法に対する自説を滔々と述べはじめた。
「であるからして……ん、何だねその顔は」
「ええ、校長。すでに私にとって今年の入学式はだいぶ深煎りになっております」



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