瓜生晩餐

最期の、

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  • 嘘の素肌

    「何者でもない僕に付加価値を与えてくれるのは、いつだって好奇心旺盛な女性達でした。」 桧山茉莉、二十七歳。仕事や人間関係に不自由なく生きてきた"何者でもない男"を取り囲むのは、枷を背負わされた"何者かになれた人たち"だった。 画家を目指す退廃的な親友。幼い頃から兄として接してきた難病の少女。援助交際で生計を立てるかつての同級生。不倫関係にある職場の上司。様々な思惑と死生観が入り乱れた先で、茉莉は"痛みの本質"に触れ、破滅の魅力に堕ちていく。

  • 僕らはいつだって、不平等で不確かな夜を越えて

    退屈なエッセイ集です。

記事一覧

嘘の素肌「第28話」

「似顔絵?」  いずみが用意した二段弁当をつつきながら、訊ねるように彼女の言葉を短く反復し、口の中では咀嚼を継続する。焼き鯖と若菜の混ぜご飯が主食として一段目に…

瓜生晩餐
6時間前
3

嘘の素肌「第27話」

 喫煙所から出た後は松平に適当な理由を告げ、VIPルームには引き返さなかった。いずみのマンションへ戻る気にはなれず、他人との交流を遮断し今は制作に打ち込みたい心…

瓜生晩餐
1日前
3

嘘の素肌「第26話」

 冬の終わりが兆し始めた三月上旬、穏やかな春風と共に今月一回目のパーティーが松平によって渋谷で開かれた。圧倒的主催者根性の松平は多くて週に一度、現在自分が育てて…

瓜生晩餐
2日前
1

嘘の素肌「第25話」

 玄関に上がると廊下の電気が付いていた。念の為足音をわざと荒立てつつリビングに踏み入ると、ソファに腰を下ろしながら足の爪にネイルを塗っていた片山いずみが「おかえ…

瓜生晩餐
3日前
2

嘘の素肌「第24話」

 天井に取り付けられた丸いLED照明と目が合う。僕はブラウンのベッドスローに革靴を履いたままの足を乗せ、仰向けになって股座に女を沈めていた。女は着衣したままの僕…

瓜生晩餐
4日前
2

嘘の素肌「第23.5話」

現代アート、その次世代を担う若手アーティスト4選——3.桧山茉莉(31)  桧山茉莉/mari hiyamaは199×年神奈川県生まれの画家で、道星大学経営学部卒業後は株…

瓜生晩餐
5日前
1

嘘の素肌 introduction

七月上旬頃更新予定。

瓜生晩餐
3週間前
2

嘘の素肌「第23話」

 昼夜逆転の生活に身体が慣れ、人々が目覚める時間になっても僕の覚醒は続いていた。遮光カーテンの隙間から漏れる光の量で早朝の気配を獲得し、眼前に立てかけられたF8…

瓜生晩餐
3週間前
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嘘の素肌「第22話」

 和弥の通夜は、葬儀屋の手厚いサポートもあり予想より早く行うことができた。検視を終えた遺体は依頼先の葬儀会社に回されエンバーミングの処置を受けた。息子の自死とい…

瓜生晩餐
3週間前
2

嘘の素肌「第21話」

 ホテルへ着いてから、僕は近隣のコンビニで買ったウイスキーをひたすら痛飲し、何度も吐いて、便所を吐瀉物臭くするだけの時間だけを過ごした。麻奈美さんはそんな僕の醜…

瓜生晩餐
3週間前
1

嘘の素肌「第20.5話」

 俺の話を、最期に少しだけさせてくれ。  まず、俺は天才なんかじゃない。  これは俺自身が一番よくわかってるから、謙遜や遠慮ではなく、マジの意味で、俺は凡だ。絵…

瓜生晩餐
3週間前
1

嘘の素肌「第20話」

 三鷹にある自宅の一室で和弥は死んだ。タコ足配線用の延長コードで首とクローゼットパイプを結び、大量の睡眠導入剤を焼酎で服用し自殺した。遺体が警察に引き渡されたの…

瓜生晩餐
3週間前
2

嘘の素肌「第19話」

 瑠菜の入院理由はインフルエンザだった。部外者には季節モノのウイルス程度で入院とは大袈裟だと揶揄されそうではあるが、三日三晩三十九度近く熱が続いた瑠菜は先天性無…

瓜生晩餐
4週間前
2

嘘の素肌「第18話」

 和弥はコンビニ駐車場のスペースガードに腰を下ろし煙草を二本灰にすると、僕の部屋へは戻らずそのまま三鷹の住まいへ帰っていった。できるだけ回り道を選択しながら帰路…

瓜生晩餐
4週間前

嘘の素肌「第17話」

 ばつの悪い空気感を濁すように、僕の過去話が終わってからは三人で酒を浴びることに集中した。冷蔵庫に買い溜めしておいたチューハイ缶のみならず、梢江が持ってきたウイ…

瓜生晩餐
1か月前
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嘘の素肌「第16話」

 森山茂人と桧山裕子の歴史は一九八七年のバブル景気初頭から始まり、大恋愛を経た一年後の冬に僕は産まれた。  当時茂人は大手不動産の人事部に所属しながら、同僚で七…

瓜生晩餐
1か月前
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嘘の素肌「第28話」

嘘の素肌「第28話」

「似顔絵?」

 いずみが用意した二段弁当をつつきながら、訊ねるように彼女の言葉を短く反復し、口の中では咀嚼を継続する。焼き鯖と若菜の混ぜご飯が主食として一段目に詰められており、二段目のおかずゾーンには玉子焼きとアスパラベーコン、帆立の貝柱バターソテーに素揚げした肉団子。銀杏型に飾り切りされた茹でニンジンと二粒のプチトマト。見た目にも華やかな弁当。更にいずみは最後の一押しで、魔法瓶に赤だしの味噌汁

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嘘の素肌「第27話」

嘘の素肌「第27話」

 喫煙所から出た後は松平に適当な理由を告げ、VIPルームには引き返さなかった。いずみのマンションへ戻る気にはなれず、他人との交流を遮断し今は制作に打ち込みたい心地だったので、三年前から借りている立川のアトリエ代わりの安アパートに大人しく帰った。数時間後、ゴミ屋敷に近い状態の一室で僕が筆を握ると、松平から「刺青と巨乳でロイヤルスイート。半分桧山の尻拭い」とLINEが届いた。何が尻拭いだ。口では偉そう

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嘘の素肌「第26話」

嘘の素肌「第26話」

 冬の終わりが兆し始めた三月上旬、穏やかな春風と共に今月一回目のパーティーが松平によって渋谷で開かれた。圧倒的主催者根性の松平は多くて週に一度、現在自分が育てているクリエイターを酒の席に集わせ、意見交流の場を設けることに喜びを享受している。彼曰く「人間関係が狭くなりがちな傾向にある表現者同士を結集させることで、クリエイティブに必要な視野の拡大が望める」らしいが、真意はわからない。僕の目から視る松平

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嘘の素肌「第25話」

嘘の素肌「第25話」

 玄関に上がると廊下の電気が付いていた。念の為足音をわざと荒立てつつリビングに踏み入ると、ソファに腰を下ろしながら足の爪にネイルを塗っていた片山いずみが「おかえりなさい」と静かな声で振り返った。赤紫色のペディキュア。シャネルのヴェルニが、硝子仕様のローテーブル上に鎮座していた。

「ただいま。今夜は夜更かしだね」

「茉莉が帰ってくるの待ってたんだよ」

 ブラトップにハーフパンツ姿という警戒心の

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嘘の素肌「第24話」

嘘の素肌「第24話」

 天井に取り付けられた丸いLED照明と目が合う。僕はブラウンのベッドスローに革靴を履いたままの足を乗せ、仰向けになって股座に女を沈めていた。女は着衣したままの僕の下半身から上手にペニスだけを引っ張り出し、呂律の回らなくなった舌で健気に舐めずっている。煙草が吸いたくなって、コーヒーテーブルに手を伸ばす。煙草よりも先に女が調子づいて飲み干したクライナーの空き瓶が指先に触れた。隆起した下腹部に熱が溜まっ

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嘘の素肌「第23.5話」

嘘の素肌「第23.5話」

現代アート、その次世代を担う若手アーティスト4選——3.桧山茉莉(31)

 桧山茉莉/mari hiyamaは199×年神奈川県生まれの画家で、道星大学経営学部卒業後は株式会社マウズへ就職しSEOライティングやメディアディレクション業に従事、四年前に画家へと転身。現在は東京を拠点に活動しています。

 油彩画を主戦場とする彼の作品は、メメント・モリをアラ・プリマ技法で描くことに大きな特徴がありま

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嘘の素肌「第23話」

嘘の素肌「第23話」

 昼夜逆転の生活に身体が慣れ、人々が目覚める時間になっても僕の覚醒は続いていた。遮光カーテンの隙間から漏れる光の量で早朝の気配を獲得し、眼前に立てかけられたF8号のキャンバスから一度離れ、絵全体の印象を確認することにした。何処かの雑踏。コンクリートブロックらしきものに腰を下ろし、背中を丸め、脚を組み、頬杖をついて、肘を片膝の上に乗せた僕をモデルにした自画像。かつて和弥が撮ってくれた写真をモチーフに

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嘘の素肌「第22話」

嘘の素肌「第22話」

 和弥の通夜は、葬儀屋の手厚いサポートもあり予想より早く行うことができた。検視を終えた遺体は依頼先の葬儀会社に回されエンバーミングの処置を受けた。息子の自死ということで母親や瑠菜はさすがに取り乱していたが、父親の冷静な応対によって近親者のみでなら葬儀も可能であると判断が降りた。自殺という懸念点を含め、数を絞った参列者の中で僕は受付を担当させて貰うことになった。葬儀場へ親族に次いで逸早く入場し、筆記

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嘘の素肌「第21話」

嘘の素肌「第21話」

 ホテルへ着いてから、僕は近隣のコンビニで買ったウイスキーをひたすら痛飲し、何度も吐いて、便所を吐瀉物臭くするだけの時間だけを過ごした。麻奈美さんはそんな僕の醜態を止めるつもりはさらさらないみたいで、僕が便器に顔を突っ込んでいれば背中を摩り、ベッドに寝転がるときはいつものように膝を貸してくれた。

「何があったのか、訊いたりしないんですか」

 僕の問いに、麻奈美さんはペットボトルのミネラルウォー

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嘘の素肌「第20.5話」

嘘の素肌「第20.5話」

 俺の話を、最期に少しだけさせてくれ。

 まず、俺は天才なんかじゃない。

 これは俺自身が一番よくわかってるから、謙遜や遠慮ではなく、マジの意味で、俺は凡だ。絵を描いてて、こりゃあ天才かもなって出来栄えの時はだいたい奇跡が起きてるだけで、その奇跡を高確率で連発できるのが天才。俺は稀に打てるホームランを、あたかも毎回打てるように演出しながら、凄腕面であえてバッターボックスに立たず、リーサルウェポ

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嘘の素肌「第20話」

嘘の素肌「第20話」

 三鷹にある自宅の一室で和弥は死んだ。タコ足配線用の延長コードで首とクローゼットパイプを結び、大量の睡眠導入剤を焼酎で服用し自殺した。遺体が警察に引き渡されたのは自殺実行から推定三日後の朝で、梢江が第一発見者だった。糞尿を垂れ流し、虫が湧いた状態の和弥を警察へ通報した梢江は事情聴取を兼ねて警察署へ同行し、数時間後に重要関係者として僕が、それから芳乃家の両親が三鷹警察署へと呼び出された。和弥の遺体は

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嘘の素肌「第19話」

嘘の素肌「第19話」

 瑠菜の入院理由はインフルエンザだった。部外者には季節モノのウイルス程度で入院とは大袈裟だと揶揄されそうではあるが、三日三晩三十九度近く熱が続いた瑠菜は先天性無痛無汗症の弊害で発汗が困難な状態にあり、生死の狭間を彷徨うほどの事態にまで発展した。一年間、就労支援施設での生活へ健気に取り組み、これから更に自分のできることを増やしていこうと考えた矢先の緊急入院。僕も仕事終わりや休日を利用して瑠菜の元へ毎

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嘘の素肌「第18話」

嘘の素肌「第18話」

 和弥はコンビニ駐車場のスペースガードに腰を下ろし煙草を二本灰にすると、僕の部屋へは戻らずそのまま三鷹の住まいへ帰っていった。できるだけ回り道を選択しながら帰路を辿り、和弥へ慊りない不満をぶつけてしまった徒労感を抱えながら僕も自宅へ戻った。

 カーテンの隙間から漏れる青白い光が暗く沈んだ部屋に差し込み、ローテーブルに散乱した酒の缶を照射している。梢江が眠るベッドに息を殺して潜り込んだあと、添い寝

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嘘の素肌「第17話」

嘘の素肌「第17話」

 ばつの悪い空気感を濁すように、僕の過去話が終わってからは三人で酒を浴びることに集中した。冷蔵庫に買い溜めしておいたチューハイ缶のみならず、梢江が持ってきたウイスキーや僕が愛飲しているジンのボトルが空になって、さすがの酒豪である梢江も泥酔と呼ぶべき呂律に変じ、気づけばベッドに転がって寝息を立てる始末。寝顔が愛らしい梢江の頬にキスをすると、和弥から「王子様かよ、テメェは」と鼻で笑われた。「お前よりは

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嘘の素肌「第16話」

嘘の素肌「第16話」

 森山茂人と桧山裕子の歴史は一九八七年のバブル景気初頭から始まり、大恋愛を経た一年後の冬に僕は産まれた。

 当時茂人は大手不動産の人事部に所属しながら、同僚で七つ歳が下の女性と結婚し、子どものいない夫婦生活を送っていた。バブル真っ盛りのタイミングで人事部の新卒採用を担当していたこともあり、今では考えられぬほどの売り手市場を茂人は経験していた。一流大学の履歴書と出逢えば即時3C(ステーキ・寿司・し

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