瓜生晩餐

最期の、

瓜生晩餐

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マガジン

  • 嘘の素肌

    「何者でもない僕に付加価値を与えてくれるのは、いつだって好奇心旺盛な女性達でした。」 桧山茉莉、二十七歳。仕事や人間関係に不自由なく生きてきた"何者でもない男"を取り囲むのは、枷を背負わされた"何者かになれた人たち"だった。 画家を目指す退廃的な親友。幼い頃から兄として接してきた難病の少女。援助交際で生計を立てるかつての同級生。不倫関係にある職場の上司。様々な思惑と死生観が入り乱れた先で、茉莉は"痛みの本質"に触れ、破滅の魅力に堕ちていく。

  • 僕らはいつだって、不平等で不確かな夜を越えて

    退屈なエッセイ集です。

最近の記事

嘘の素肌「第34話」

 冷えたフローリングに素っ裸で寝そべる自分を想像だけで俯瞰したら、八日目の蝉より哀れで邪魔くさい存在のように思えた。隣で同じように裸のまま仰向けになっているいずみとは指先だけで繋がっている。いずみの腹に飛ばした精液が次第に乾いていくが、彼女はそれを拭き取ろうとはしなかった。汗みずくの背中が床にべったりと貼り付いて、身体を動かす気にはなれなかった。四十度近い発熱時に苛まれる様な、耐え難い頭の鈍痛と眩暈に襲われていた。「なあ」「なに」いずみも僕も、ただ一点の天井を見つめながら言葉

    • 嘘の素肌「第33話」

       立川に降り立つ直前、村上をあの部屋へ連れていくことに億劫さを覚えた。これだけ僕を敬ってくれている後輩に対し、現在僕が巣穴に使用している部屋が築二十年の古典的なRC造の賃貸である事実が、単純に惨めでならなかった。なので道中、僕はその部屋がアトリエであることを強調し、現在は面の良い女と同棲している旨を淡々と説明した。村上が女の顔写真を所望してきたので、「片山いずみって検索してみな」と返した。電子タバコの煙を蒸かしながら歩いていた村上が立ち止まり、「マジですか、あのイズミン?」と

      • 嘘の素肌「第32話」

         渋谷から恵比寿に移動し、村上が太鼓判を押す中華料理屋へと足を運んだ。恵比寿駅を出てすぐ、アトレ坂を登った先にある雑居ビルの一室。アパートのような隠れ家的外観の扉を開くと、赤で統一された本格的な内装が視界を埋め尽くした。「ここの火鍋が絶品なんですよ」村上と僕はカウンターの左端席に通され、村上を壁側に座らせた。看板メニューである麻辣香鍋は二十種類以上のスパイスを沢山の具材で食べる汁なし火鍋で、元々付属する野菜類に加え、お好みで肉や魚の追加もできた。おススメを訊くと「ラム肩ロース

        • 嘘の素肌「第31話」

           爪の先でカリカリと机を詰りながら、明らかに不服そうな態度を浮かべる松平。かたや村上は堂に入った面持ちのまま、背筋よく正面を睨んでいる。頬杖をついて重ための咳を挟んだ松平が「俺に才能があるかないかって、ソレ、君の主観でしょ」と言った。 「そうかもしれません。ただ、あなたみたいな凡人が飼い慣らせるほど桧山さんの表現力は大人しくない。獰猛で、繊細で、元来誰かのロボットになれるような性格はしていません。ユーチューブも展示会もSNSも拝見しましたけど、桧山さんの絵は松平さんと組む前

        嘘の素肌「第34話」

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        • 嘘の素肌
          36本
        • 僕らはいつだって、不平等で不確かな夜を越えて
          4本

        記事

          嘘の素肌「第30話」

           新人作家・村上流心の話題は、僕がどれだけ遮断しようとも耳に挟まってくるほど大きなものだった。有名出版社が主催する純文学の賞レースで最優秀賞を獲得した事実そのものは、さして世間へ波風を立てるような話題ではなかった。ただ彼のデビュー作『パープルノイズ』を十万部売れたヒット作へ押し上げる要因となったのは、村上が授賞式に登壇し、そこで常軌を逸するスピーチを披露したことがきっかけだった。誰かが録音した音声がSNS上で拡散され、日頃文学に精通していない者に対しても関心を生むきっかけを作

          嘘の素肌「第30話」

          嘘の素肌「第29話」

           世間一般が新生活だなんだと浮足立っていたその頃、変わりない毎日を送る僕は渋谷の純喫茶に松平から呼び出された。「巷を賑わした才者との邂逅タイム」と電話越しに松平は言っていたが、今回は表現者を集めたいつもの会とは違うらしかった。  渋谷駅から徒歩十分ほど歩けば着く、八幡通り沿いに位置するレンガ調の外壁が目印の古き良き喫茶店。正午を少し過ぎた待ち合わせというのが、夜にばかり顔を合わせる松平とはどうしても変な感じがした。店の中はブラウンで統一されており、昭和レトロの気品を存分に感

          嘘の素肌「第29話」

          嘘の素肌「第28話」

          「似顔絵?」  いずみが用意した二段弁当をつつきながら、訊ねるように彼女の言葉を短く反復し、口の中では咀嚼を継続する。焼き鯖と若菜の混ぜご飯が主食として一段目に詰められており、二段目のおかずゾーンには玉子焼きとアスパラベーコン、帆立の貝柱バターソテーに素揚げした肉団子。銀杏型に飾り切りされた茹でニンジンと二粒のプチトマト。見た目にも華やかな弁当。更にいずみは最後の一押しで、魔法瓶に赤だしの味噌汁まで持ってきていた。相変わらず、料理に対して一切の抜かりがない。余程料理が好きな

          嘘の素肌「第28話」

          嘘の素肌「第27話」

           喫煙所から出た後は松平に適当な理由を告げ、VIPルームには引き返さなかった。いずみのマンションへ戻る気にはなれず、他人との交流を遮断し今は制作に打ち込みたい心地だったので、三年前から借りている立川のアトリエ代わりの安アパートに大人しく帰った。数時間後、ゴミ屋敷に近い状態の一室で僕が筆を握ると、松平から「刺青と巨乳でロイヤルスイート。半分桧山の尻拭い」とLINEが届いた。何が尻拭いだ。口では偉そうに女の入れ墨を視たいなどと言い訳していたが、松平も結句男である。界隈の中で一番ア

          嘘の素肌「第27話」

          嘘の素肌「第26話」

           冬の終わりが兆し始めた三月上旬、穏やかな春風と共に今月一回目のパーティーが松平によって渋谷で開かれた。圧倒的主催者根性の松平は多くて週に一度、現在自分が育てているクリエイターを酒の席に集わせ、意見交流の場を設けることに喜びを享受している。彼曰く「人間関係が狭くなりがちな傾向にある表現者同士を結集させることで、クリエイティブに必要な視野の拡大が望める」らしいが、真意はわからない。僕の目から視る松平の行動は、ただ単純に人間同士が触れ合うことで発生する不可逆的な事象を観察したいだ

          嘘の素肌「第26話」

          嘘の素肌「第25話」

           玄関に上がると廊下の電気が付いていた。念の為足音をわざと荒立てつつリビングに踏み入ると、ソファに腰を下ろしながら足の爪にネイルを塗っていた片山いずみが「おかえりなさい」と静かな声で振り返った。赤紫色のペディキュア。シャネルのヴェルニが、硝子仕様のローテーブル上に鎮座していた。 「ただいま。今夜は夜更かしだね」 「茉莉が帰ってくるの待ってたんだよ」  ブラトップにハーフパンツ姿という警戒心の欠片もない格好に心臓が何故か鳴った。自宅なのだから、ラフでいることに違和感を覚え

          嘘の素肌「第25話」

          嘘の素肌「第24話」

           天井に取り付けられた丸いLED照明と目が合う。僕はブラウンのベッドスローに革靴を履いたままの足を乗せ、仰向けになって股座に女を沈めていた。女は着衣したままの僕の下半身から上手にペニスだけを引っ張り出し、呂律の回らなくなった舌で健気に舐めずっている。煙草が吸いたくなって、コーヒーテーブルに手を伸ばす。煙草よりも先に女が調子づいて飲み干したクライナーの空き瓶が指先に触れた。隆起した下腹部に熱が溜まっているが、射精の気配はない。頑張ってはいる。けれど女にフェラチオの才能はなかった

          嘘の素肌「第24話」

          嘘の素肌「第23.5話」

          現代アート、その次世代を担う若手アーティスト4選——3.桧山茉莉(31)  桧山茉莉/mari hiyamaは199×年神奈川県生まれの画家で、道星大学経営学部卒業後は株式会社マウズへ就職しSEOライティングやメディアディレクション業に従事、四年前に画家へと転身。現在は東京を拠点に活動しています。  油彩画を主戦場とする彼の作品は、メメント・モリをアラ・プリマ技法で描くことに大きな特徴があります。メメント・モリを意識の中心に据え象られたテーマを、あえて即興性の高いアラ・プ

          嘘の素肌「第23.5話」

          嘘の素肌 introduction

          七月上旬頃更新予定。

          嘘の素肌 introduction

          嘘の素肌「第23話」

           昼夜逆転の生活に身体が慣れ、人々が目覚める時間になっても僕の覚醒は続いていた。遮光カーテンの隙間から漏れる光の量で早朝の気配を獲得し、眼前に立てかけられたF8号のキャンバスから一度離れ、絵全体の印象を確認することにした。何処かの雑踏。コンクリートブロックらしきものに腰を下ろし、背中を丸め、脚を組み、頬杖をついて、肘を片膝の上に乗せた僕をモデルにした自画像。かつて和弥が撮ってくれた写真をモチーフに描いた油画は、昨晩日付変更線を越えてから作業を開始し、約六時間で完成させた。

          嘘の素肌「第23話」

          嘘の素肌「第22話」

           和弥の通夜は、葬儀屋の手厚いサポートもあり予想より早く行うことができた。検視を終えた遺体は依頼先の葬儀会社に回されエンバーミングの処置を受けた。息子の自死ということで母親や瑠菜はさすがに取り乱していたが、父親の冷静な応対によって近親者のみでなら葬儀も可能であると判断が降りた。自殺という懸念点を含め、数を絞った参列者の中で僕は受付を担当させて貰うことになった。葬儀場へ親族に次いで逸早く入場し、筆記用具や芳名帳、香典受け等を葬儀屋と準備し、手順を簡単に確認した。「お忙しい中お越

          嘘の素肌「第22話」

          嘘の素肌「第21話」

           ホテルへ着いてから、僕は近隣のコンビニで買ったウイスキーをひたすら痛飲し、何度も吐いて、便所を吐瀉物臭くするだけの時間だけを過ごした。麻奈美さんはそんな僕の醜態を止めるつもりはさらさらないみたいで、僕が便器に顔を突っ込んでいれば背中を摩り、ベッドに寝転がるときはいつものように膝を貸してくれた。 「何があったのか、訊いたりしないんですか」  僕の問いに、麻奈美さんはペットボトルのミネラルウォーターを一口飲んでから返した。「話したいなら話してちょうだい。でも、無理に話す必要

          嘘の素肌「第21話」