瓜生晩餐

最期の、

瓜生晩餐

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マガジン

  • 嘘の素肌

    「何者でもない僕に付加価値を与えてくれるのは、いつだって好奇心旺盛な女性達でした。」 桧山茉莉、二十七歳。仕事や人間関係に不自由なく生きてきた"何者でもない男"を取り囲むのは、枷を背負わされた"何者かになれた人たち"だった。 画家を目指す退廃的な親友。幼い頃から兄として接してきた難病の少女。援助交際で生計を立てるかつての同級生。不倫関係にある職場の上司。様々な思惑と死生観が入り乱れた先で、茉莉は"痛みの本質"に触れ、破滅の魅力に堕ちていく。

  • 僕らはいつだって、不平等で不確かな夜を越えて

    退屈なエッセイ集です。

最近の記事

嘘の素肌 introduction

七月上旬頃更新予定。

    • 嘘の素肌「第23話」

       昼夜逆転の生活に身体が慣れ、人々が目覚める時間になっても僕の覚醒は続いていた。遮光カーテンの隙間から漏れる光の量で早朝の気配を獲得し、眼前に立てかけられたF8号のキャンバスから一度離れ、絵全体の印象を確認することにした。何処かの雑踏。コンクリートブロックらしきものに腰を下ろし、背中を丸め、脚を組み、頬杖をついて、肘を片膝の上に乗せた僕をモデルにした自画像。かつて和弥が撮ってくれた写真をモチーフに描いた油画は、昨晩日付変更線を越えてから作業を開始し、約六時間で完成させた。

      • 嘘の素肌「第22話」

         和弥の通夜は、葬儀屋の手厚いサポートもあり予想より早く行うことができた。検視を終えた遺体は依頼先の葬儀会社に回されエンバーミングの処置を受けた。息子の自死ということで母親や瑠菜はさすがに取り乱していたが、父親の冷静な応対によって近親者のみでなら葬儀も可能であると判断が降りた。自殺という懸念点を含め、数を絞った参列者の中で僕は受付を担当させて貰うことになった。葬儀場へ親族に次いで逸早く入場し、筆記用具や芳名帳、香典受け等を葬儀屋と準備し、手順を簡単に確認した。「お忙しい中お越

        • 嘘の素肌「第21話」

           ホテルへ着いてから、僕は近隣のコンビニで買ったウイスキーをひたすら痛飲し、何度も吐いて、便所を吐瀉物臭くするだけの時間だけを過ごした。麻奈美さんはそんな僕の醜態を止めるつもりはさらさらないみたいで、僕が便器に顔を突っ込んでいれば背中を摩り、ベッドに寝転がるときはいつものように膝を貸してくれた。 「何があったのか、訊いたりしないんですか」  僕の問いに、麻奈美さんはペットボトルのミネラルウォーターを一口飲んでから返した。「話したいなら話してちょうだい。でも、無理に話す必要

        嘘の素肌 introduction

        マガジン

        • 嘘の素肌
          24本
        • 僕らはいつだって、不平等で不確かな夜を越えて
          4本

        記事

          嘘の素肌「第20.5話」

           俺の話を、最期に少しだけさせてくれ。  まず、俺は天才なんかじゃない。  これは俺自身が一番よくわかってるから、謙遜や遠慮ではなく、マジの意味で、俺は凡だ。絵を描いてて、こりゃあ天才かもなって出来栄えの時はだいたい奇跡が起きてるだけで、その奇跡を高確率で連発できるのが天才。俺は稀に打てるホームランを、あたかも毎回打てるように演出しながら、凄腕面であえてバッターボックスに立たず、リーサルウェポン気分でベンチに腕組みしながら座るだけの三軍だった。そう、ありえないくらいダサい

          嘘の素肌「第20.5話」

          嘘の素肌「第20話」

           三鷹にある自宅の一室で和弥は死んだ。タコ足配線用の延長コードで首とクローゼットパイプを結び、大量の睡眠導入剤を焼酎で服用し自殺した。遺体が警察に引き渡されたのは自殺実行から推定三日後の朝で、梢江が第一発見者だった。糞尿を垂れ流し、虫が湧いた状態の和弥を警察へ通報した梢江は事情聴取を兼ねて警察署へ同行し、数時間後に重要関係者として僕が、それから芳乃家の両親が三鷹警察署へと呼び出された。和弥の遺体は検視に回されたが、証言の数々から明らかに自殺であるとされ、事件性はないと判断され

          嘘の素肌「第20話」

          嘘の素肌「第19話」

           瑠菜の入院理由はインフルエンザだった。部外者には季節モノのウイルス程度で入院とは大袈裟だと揶揄されそうではあるが、三日三晩三十九度近く熱が続いた瑠菜は先天性無痛無汗症の弊害で発汗が困難な状態にあり、生死の狭間を彷徨うほどの事態にまで発展した。一年間、就労支援施設での生活へ健気に取り組み、これから更に自分のできることを増やしていこうと考えた矢先の緊急入院。僕も仕事終わりや休日を利用して瑠菜の元へ毎日面会に行ったが、熱が下がり回復し始めた瑠菜が「私はやっぱりみんなと違うんだね」

          嘘の素肌「第19話」

          嘘の素肌「第18話」

           和弥はコンビニ駐車場のスペースガードに腰を下ろし煙草を二本灰にすると、僕の部屋へは戻らずそのまま三鷹の住まいへ帰っていった。できるだけ回り道を選択しながら帰路を辿り、和弥へ慊りない不満をぶつけてしまった徒労感を抱えながら僕も自宅へ戻った。  カーテンの隙間から漏れる青白い光が暗く沈んだ部屋に差し込み、ローテーブルに散乱した酒の缶を照射している。梢江が眠るベッドに息を殺して潜り込んだあと、添い寝をしながら彼女の髪をゆっくりと撫でた。思わず溜息が漏れる。幼稚なのは僕だ。理解力

          嘘の素肌「第18話」

          嘘の素肌「第17話」

           ばつの悪い空気感を濁すように、僕の過去話が終わってからは三人で酒を浴びることに集中した。冷蔵庫に買い溜めしておいたチューハイ缶のみならず、梢江が持ってきたウイスキーや僕が愛飲しているジンのボトルが空になって、さすがの酒豪である梢江も泥酔と呼ぶべき呂律に変じ、気づけばベッドに転がって寝息を立てる始末。寝顔が愛らしい梢江の頬にキスをすると、和弥から「王子様かよ、テメェは」と鼻で笑われた。「お前よりは王子様だよ」僕らは熟睡する梢江を部屋に残し、煙草の補充を兼ねてコンビニへ行くこと

          嘘の素肌「第17話」

          嘘の素肌「第16話」

           森山茂人と桧山裕子の歴史は一九八七年のバブル景気初頭から始まり、大恋愛を経た一年後の冬に僕は産まれた。  当時茂人は大手不動産の人事部に所属しながら、同僚で七つ歳が下の女性と結婚し、子どものいない夫婦生活を送っていた。バブル真っ盛りのタイミングで人事部の新卒採用を担当していたこともあり、今では考えられぬほどの売り手市場を茂人は経験していた。一流大学の履歴書と出逢えば即時3C(ステーキ・寿司・しゃぶしゃぶ)を会社側からご馳走し、若手を接待責めにするような毎日。あらゆる採用チ

          嘘の素肌「第16話」

          嘘の素肌「第15話」

           リヒター展に刺激を貰ってから、随分と眠らせていた創作意欲が不思議と湧き上がってくるようになった。前々から僕の絵が見たいという周囲の声は少なからず存在したが、今更趣味の延長線上にしかない絵を描いたところで生産性はないと敬遠していた。しかし、和弥の隣で青春を注ぎ込んだ「描く」という行為そのものを嫌いになったわけではない。描くだけ描いてみる。そんな思いで数年ぶりに町田の画材屋へ行き、とりあえずクロッキー帳と濃さの違う鉛筆二本、加えてねりけしを購入し、街を散策した。モデルにできそう

          嘘の素肌「第15話」

          嘘の素肌「第14話」

           十月に入り、ようやく風に秋の香りが混じるようになってきた。猛暑日が九月中旬まで引き延ばされた狂気の気候にほとほとうんざりしていたので、これから冬に近づいていくことが心なしか気分を明るくした。  千代田区にある国立近代美術館でリヒター展が六月から開催されており、和弥からは既に六回も行ったとの報告を受けていた。同じ展覧会に何度も行く気が知れないが、リヒターは和弥にとって大切な画家のひとりだった。  僕は特別画家に好き嫌いがあるわけではなく、印象派が比較的好みなぐらいのミーハ

          嘘の素肌「第14話」

          嘘の素肌「第13話」

           ホテルを出る直前、麻奈美さんが僕へ現金で三万円を手渡してきた。少しだけど、受け取って。恒例となった別れ際の金銭贈与。僕はその金を財布に仕舞った後、すぐに和弥へ連絡をした。  麻奈美さんから貰ったお金は、必ず和弥との酒に使うと決めていた。彼女が僕との関係にあえて金銭を挟むのには様々な理由がある。それをすすんで語りたがる無粋さを麻奈美さんは持ち合わせていないが、きっと彼女が僕を娼婦のように買っている構図こそが、麻奈美さんにとって僕との不貞行為を継続できる大儀になるのだろう。旦

          嘘の素肌「第13話」

          嘘の素肌「第12話」

           雨と金曜が邪魔をしていた。タクシーがなかなか捕まらず、予定より三十分の遅刻で池尻大橋に到着した。自衛隊中央病院前で下車し、大粒の雨が降りしきる中、約束の店へ急いだ。  入店してすぐ従業員に「川端の待ち合わせです」と告げ、完全個室の部屋へ案内される。仕切りをスライドし開口一番に謝罪すると、麻奈美さんは自分が座っている二人掛けソファの空きスペースをポンポンと叩き、隣へ来るよう催促した。顔が火照っている。約四十五分の遅れもあって、あまり酒に強くない麻奈美さんは既に酔っているよう

          嘘の素肌「第12話」

          嘘の素肌「第11話」

           今年度は新卒採用で春から会社に十名の新人が入社した。三、四年目の社員が一人につき二名を抱える形で研修上がりの新入社員を最低半年は教育するのだが、今年僕は新人教育から外れ、新設されたプラットフォーム事業部のSEOリーダーとして抜擢された。昨年に僕が中心となって取り組んだメディアディレクション業が追い風となったのだろう。自己評価と他者評価の差異に気後れしながらも、会社の新たな剣として身を粉にして働くのは、何者でもない僕の性には些か親和性が高かった。  思い出すのは昨年度の新人

          嘘の素肌「第11話」

          サッカ・デシネ

          「例えば私が闇に連れ去られ、隣で二度と目を醒まさなくても、貴方は庭に蒔いた種の手入れを疎かにしないで欲しい。 いつか咲く花の為に、全てを投げ出せる貴方を私は愛しているのだから。 私が贈った種なのよ、心配ないわ。 たったひとり、私の絶命程度で狼狽えることは止して。 時間が限られていようと、華やぐ世界はきっと貴方を待っているの。大丈夫よ。 気怠い朝には、私の亡骸なんて無視をして、飄々とした輪郭で欠伸交じりに陽光を浴びて欲しい。 寝癖

          サッカ・デシネ