見出し画像

嘘の素肌「第20.5話」


 俺の話を、最期に少しだけさせてくれ。

 まず、俺は天才なんかじゃない。

 これは俺自身が一番よくわかってるから、謙遜や遠慮ではなく、マジの意味で、俺は凡だ。絵を描いてて、こりゃあ天才かもなって出来栄えの時はだいたい奇跡が起きてるだけで、その奇跡を高確率で連発できるのが天才。俺は稀に打てるホームランを、あたかも毎回打てるように演出しながら、凄腕面であえてバッターボックスに立たず、リーサルウェポン気分でベンチに腕組みしながら座るだけの三軍だった。そう、ありえないくらいダサいし、そんな奴はチームに要らないだろ。見透かされたら即戦力外通告。だから俺は死ぬってだけだ。わかってくれとは言わない。わかって欲しいとも思わない。

 絵が好きだった。とにかく絵だけ描いて生きてたかった。でも、絵を描くことが呪いに変わっていく気配があった。絵が好きだから毎日描いてた俺が、絵を好きでいたいから毎日描かなくちゃいけなくなった。藝大に行ってから世界が変わった。何もかもが上手くいかなくて、自分のレベルの低さを痛感した。でも、それは切磋琢磨という意味ではよかった。藝大の頃は仲間がいたから。今は違う。卒業してから、ずっと一人だった。才能があれば仲間は離れないでくれたんだろうけど、これが実力、これが才能の無い人間が、愚かに夢を追い続けた結末。笑い話にも、物語の主人公にもなれやしない。

 ここ数年で一番辛かったのは、幼少期から、それこそエピソードゼロの俺を知ってる元絵描きの親友が、未だに俺を天才扱いしてくることだったな。嬉しかったし、自信に繋がったし、コイツの慧眼を嘘にしたくねえからって、信じてくれた才能というやつを裏切りたくなくて、必死だった。でも、途中からそれも呪いになった。中学高校の頃は、よくポートフォリオとか作品をファミレスで見せ合ってた。俺がメロンソーダばっかり飲むのをバカにしてたアイツも、いつだって山葡萄ジュースばっかり飲んでたくせにさ。いつからだろうな。俺がアイツに絵を見せるのが怖くなったのは。才能がないくせに、信じてくれてる人に才能がないとバレるのが怖くて仕方なかった。だから論理でデカくみせた。詭弁を磨いて強く見せた。俺は馬鹿だから、それしかできなかった。

 親友の元絵描きは、俺より絵が下手だったけど、核心をつくのが俺の何倍も上手かった。核心ってのは、例えば両義性。規律と違反や、痛みと無痛みたいな、その狭間で右往左往することで、流体的な生き方をしてるアイツは、きっと本気で絵を描いたら、俺をすぐに凌駕しちまうんだろうなって、隣でずっと思ってた。自分の才能を、俺の為に鎖して、凡人として生きることを選ぶような間抜けさが、死ぬほど憎くて、悔しくて、愛しかった。今からでも遅くないから、絵描きとしてやってみてもいいんじゃねえかなって、言ってやれたらよかったな。俺と一緒に描こうぜって、言ってやれる強さがあればな。巻き込むのが嫌だったし、何より恥知らずな俺は、生涯アイツに天才だと思ってて欲しかったんだ。

 いつからか筆を握る手が震えるようになって、酒が無いと眠れなくなって、死にたいと思うようになって、人との付き合い方がわからなくなった。一番は妹との距離感だった。あんな病気を抱えてるのに、妹は強くて、生きることへの力があった。俺はそんな妹が自慢だった。でも、死にたい日が増えてから、妹の顔を視ることも出来なくなった。何を言ったって、死にたい兄としての言葉になってしまって、希望の光であるはずの妹を毒すような心地になって、自己嫌悪に陥ってしまうから、俺は家族から距離を置いて生活するしかなかった。妹には親友がいてくれたから、ソイツに兄としての役割を全部押し付けたこと、これについては少しも後悔してない。これでよかったと、心から思ってる。まあ、もう一人の兄だなんて言い方、妹からしたら嫌かもしれねえけど(笑)。

 ほんとなら、俺は絵でこの想いを伝えたかったけど、できなかったから、ダサいの承知で遺書に残す。なあ、俺の大切な人たちや、俺の知らないところで何かと向き合いながら生きてる人たち。苦しいよな。でも、楽しいこともあるよな。よくわからなくなって、何が正しいか考えちゃうときがあるよな。心が覚束ない夜、越えられない夜があるよな。そんなとき、歯あ食いしばって生きてもいいけど、無理に生きることに執着し過ぎなくたっていいんだよ。死んだって、間違いじゃねえから。踏ん張ったって無理な時は、全力で逃げたっていい。ただ、忘れないでくれ。見捨てないでくれ。愛してくれ。愚かだとは思わないでくれ。誰かの勇気を否定したり、その行為を宗教みたいに肯定もしないでくれ。明日は自分の手の中にあるんだからさ。ありがとう。愛すべき今。俺は少し、旅に出ます。絵を描かなくていい場所へ、いってきます。


 Kazuya Yoshino  芳乃和弥



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?