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コトバでシニカルドライブ

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頭の中でたまーに構成する言葉とコトバ。 その組み合わせは、案外おもしろいとボクは思う。誰に向けるでもなく、自分の中にあるスクラップをつなげてリユース。エッセイや小さな物語を綴りま…
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#物語

[ちょっとした物語]向こうから鐘の音が聞こえる

[ちょっとした物語]向こうから鐘の音が聞こえる

 埃っぽい書類の束を1枚1枚眺めていた。すると水色の封筒を見つけた。初夏の心地の良い午後だった。封筒から便箋を取り出すと、記憶はフラッシュバックする。

「こんなきれいな海見たの、はじめてだよ。ね、なんていうか、キラキラしてる」

 そう言ったのは本当にきれいな海だったからだ。初めて訪れた瀬戸内の海は、凪いでいて、光が無数に反射していた。そんな海を見たのは、生まれて初めてだった。

「こんな海、普

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[ちょっとした物語]マスク越しの君は、どこか強く見えた

[ちょっとした物語]マスク越しの君は、どこか強く見えた

 カタカタと目の前のラップトップに向かって、手先が器用に動いている。目線は左右に行ったり来たり動く。
 2023年。僕らの生活にはマスクがなくなることはなかった。寒空の中だと、マスクは顔面の保温のためにありがたいのだが、ここ数年、僕は人の表情を少し忘れかけている。

 カタカタ、カタカタ。

 しばらくすると、僕のパソコンが新着メッセージの通知を示した。画面のアラートをクリックすると、メッセージが

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[ちょっとした物語]朝が来るまで終わらない音楽を

[ちょっとした物語]朝が来るまで終わらない音楽を

「いいところってどこよ?」
そう尋ねても、いいからいいからと意に介さない彼女は、ラブホテルやライブハウスの並びを颯爽と歩いていく。僕はキョロキョロと見回しながらついて行く。渋谷のディープな感覚が研ぎ澄まされてた水曜日の深夜1時過ぎ。円山町の中心は、どんよりとした静かな時が流れていた。

「ここです、ここ」
テンションが上がったような高揚を彼女は見せ、僕を置いていくように階段を降りていく。ドクターマ

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[ちょっとした物語] トルソーの誘いと春の風

[ちょっとした物語] トルソーの誘いと春の風

ある春の日の午後だった。
部活がはやくに終わり、僕は着替えて教室を出た。
あたたかな風が廊下を吹き抜ける。その誘いに足は運ばれる。

さらさらとなびくカーテンは、人の気配を薄くしていく。風にさらわれたカーテンの裏側に現れた人影。
僕はドキッとする。
でも微塵も動かない、その影は半身をこちらに向けて佇んでいる。

風に乗った葉の香り。近づくにつれて、乾きがなびいて、髪の毛を揺らす。手をその肩に置くと

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[ちょっとした物語] 記憶をくすぐる檸檬の香り

[ちょっとした物語] 記憶をくすぐる檸檬の香り

ちょっと声をかけた、秋の午後。
君は照れ臭そうにボクの誘いに応えてくれた。その時の表情、その時の鼓動は、どことなく今でも心をくすぐる。

新高円寺の駅から青梅街道を渡る歩道橋。東には環七を望み、西の方には夕日が沈む。僕たちはいつもこの歩道橋の上に立つ。
薄暮の青梅街道は、いつもより車の数が少なかった。

「あ、月だ」
あちらに見える月の影に隠れた空の色。
こんな会話はどこか変だった。まもなく迎える

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[ちょっとした物語]バターの香り

[ちょっとした物語]バターの香り

 まだ昼前だというのに、腹が減ってきた。そんな時にキッチンを見回すと、たぶんあの人の残したパンケーキミックスを見つけた。
 ああ、なんとも甘美な誘惑だろう。すぐさま、冷蔵庫の扉を開く。この黒い冷蔵庫の正反対にあるような牛乳を見つける。まだ半分はあるだろう。その揺れる体積を腕に感じながら取り出して、卵をひとつもう片方の手に取り、キッチンへ戻る。
 ボウルにすぐさま、少しきしむような膨らみのある袋から

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[ちょっとした物語]五月の涙を僕は忘れない

[ちょっとした物語]五月の涙を僕は忘れない

 うだる暑さの前触れは、いつだって街に出たくなる。
 夕立が降り終わった後の黒いアスファルトの匂い、僕はとても好きだった。

 冷たい飲み物は好きじゃないはずなのに、夏だからってキンキンに冷えたグラスのビールを無理に飲んでみたり。海は好きじゃないって言っていたのに、真夏の時には「海に行ってみたい」と駄々をこねたり。ひまわりの咲く草原で、麦わら帽子をかぶって、水玉模様のワンピースを着るのが夢なんだっ

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[ちょっとした物語]雨

[ちょっとした物語]雨

 僕らは雨が降ると、いつも家で過ごすようにしていた。

ポツポツ
ザーザー

 どんな雨でも同じだった。
 ほんの薄暗い日中は、よく最近見たドラマや読んだ本、聴いた音楽の話をした。
 でもふと、ふたりの会話に、窓から漏れる雨音が差し込むと、僕らは会話を止めて降り続く雨の音を聴いた。
 それはまるで、ショーウィンドウに飾られたマネキンのように、降る雨をひたすら同じ顔つきで、同じ姿勢で、やりすごすよう

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