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図書館司書の短編小説紹介

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図書館司書として多く本を扱って来た中で、一人でも多くの方と楽しみや感動を共有したいと感じた短編小説を紹介しています。
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#新潮文庫

「麒麟」谷崎潤一郎著:図書館司書の短編小説紹介

「麒麟」谷崎潤一郎著:図書館司書の短編小説紹介

 聖人が世に生まれる時、伝説の聖獣である「麒麟が現れ、天には和楽の音が聞えて、神女が天降った」という。
 その聖人こそ、本作の主人公孔子だった。
 旅の途上で彼は衛の国に立ち寄り、その君主霊公と治世について語り合う。
 霊公は、孔子の教えにより理想の政治について心を傾け始めた。
 けれど、霊公の南子夫人は贅を尽くした料理や酒、宝玉や稀少な香、また酷刑を施される罪人の姿により孔子を惑乱させようとする

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「刺青」谷崎潤一郎著:図書館司書の短編小説紹介

「刺青」谷崎潤一郎著:図書館司書の短編小説紹介

 誰も彼もが外見の美しさを求め、「すべて美しい者が強者であり、醜い者は弱者であった」時代の物語。
 美を追求するあまり、人は自らの肌に絵の具を注ぎ込むまでになった。つまり刺青だ。
 主人公の清吉は、腕ききの刺青師で、奇警(=奇抜)な構図と妖艶な線とで名を知られていた。
 そして彼は、客が肌に針を刺される時に呻き声を発するのを聞いて、「云い難き愉快」を感じる嗜虐趣味の持ち主だった。
 その清吉には、

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「地獄変」芥川龍之介著(新潮文庫『地獄変・偸盗』所収):図書館司書の短編小説紹介

「地獄変」芥川龍之介著(新潮文庫『地獄変・偸盗』所収):図書館司書の短編小説紹介

 地獄とはさもこのようであろうかと、そこに堕とされた罪人たちの責め苦と彼らを苛む奈落の獄卒たちの残忍さ、そして何よりも牛車ごと紅蓮の業火に包まれる女房の悶え苦しみを写し取った一隻の屏風。
 本作は、絵師良秀がその屏風「地獄変」を完成させるまでの経緯を描いている。
 見せ場は、良秀が屏風のあらましは出来上がったものの、「唯一つ、今以て私には描けぬ所がございまする」と、絵の注文者である大殿に上申したた

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「おしゃれ童子」(新潮文庫『きりぎりす』)太宰治著 :図書館司書の短編小説紹介

「おしゃれ童子」(新潮文庫『きりぎりす』)太宰治著 :図書館司書の短編小説紹介

 自意識過剰で自己陶酔的で独善的な一時期というのは、誰にでもあると思う。
 その頃に突飛な言動をとり、数年後に当時を振り返って恥ずかしさで顔を覆いたくなる、きっと誰にでもそういう経験はあるに違いない。あって欲しい。

 太宰治の「おしゃれ童子」を読んで、まず感じたのは、自分も同じようなことをしたなぁ、との恥じらいへの同調だ。
 周囲から浮いた「あわれに珍妙な」恰好をしても、天上天下唯我独尊状態にあ

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「名人伝」(新潮文庫『李陵・山月記』)中島敦著 :図書館司書の短編小説紹介

「名人伝」(新潮文庫『李陵・山月記』)中島敦著 :図書館司書の短編小説紹介


 天下第一の弓の名人を志した紀昌。
 彼は、当時の弓の名手・飛衛に弟子入りし、まず瞬きしないよう、目を鍛えることを命じられる。
 一瞬かつ絶好の瞬間を見逃さないためかと思われるが、紀昌が選んだ修行場所というのは、妻の機織台の下。
 そこに潜り込み、機織りの用具が激しく上下に往き来する所を至近距離で見つめ続け、それに怯まずにいられるようにしようと考えたのだ。
 目を下ろすと、機織りの糸の下に瞬き

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「たきび」(新潮文庫『ふなうた』所収)三浦哲郎著 :図書館司書の短編小説紹介

「たきび」(新潮文庫『ふなうた』所収)三浦哲郎著 :図書館司書の短編小説紹介

 竈の火。囲炉裏の火。仏壇の火。盆の迎え火。野焼きの火。そして、不謹慎ながら、盛大に燃える火事までが好きだったと言う男性。

 わかる気がする。私も、火の揺らめきを見るのが好きだった。どんな火でもよかった。
 ろうそくの火でも、ライターの火でも、花火の火でも。

 本文にも書かれているように、「人間は誰でも火が好き」なのだろうと思う。
 
 気を抜いて扱うと、危険と紙一重の特性を持ちながら、形を一

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