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葬式仏教の研究

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葬式仏教という日本の仏教のあり方を通して、日本の仏教の仕組みをあきらかにします。 高邁な教えから見た仏教ではなく、普通の人が仏壇やお墓に手を合わせるという、人の営みとしての仏教… もっと読む
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24 僧侶が弔いに関わってはいけない時代のお話し/日本の仏教が葬式仏教になった理由⑤

24 僧侶が弔いに関わってはいけない時代のお話し/日本の仏教が葬式仏教になった理由⑤

 鎌倉時代初期に活躍した鴨長明という僧侶がいる。『方丈記』という随筆を書いたことで有名であるが、その鴨長明が当時広まっていた仏教説話を集めて、『発心集』という説話集を編纂した。その中に、次のような話が収録されている。

 ある時、京都に住むある僧侶が、思うところがあって、坂本にある日吉神社に百日詣をしようと決心した。

 八十日目を過ぎて何日目かのことである。お参りから帰る途中、家の前で人目をはば

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23 室町時代、なぜお寺が爆発的に増えたのか?/日本の仏教が葬式仏教になった理由④

23 室町時代、なぜお寺が爆発的に増えたのか?/日本の仏教が葬式仏教になった理由④

 室町時代、仏教が爆発的にひろまったことを前述したが、その一方でこの時代は、日本仏教史の中では、めぼしいトピックがほとんど無い時代である。

 鎌倉時代のように、その後の仏教に大きな影響を与えるような指導者も出ていないし、取り立て大きな事件も無い。

 前述の日本史の教科書『日本史B』を見ると、室町時代で触れられているのは、北山文化・東山文化と新仏教の発展の項目のみである。

 北山文化・東山文化

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22 教義的信仰と儀礼的信仰/日本の仏教が葬式仏教になった理由③

22 教義的信仰と儀礼的信仰/日本の仏教が葬式仏教になった理由③

 信仰には、教義的な信仰と、儀礼的な信仰がある。

 端的に言えば、教えを学び、教えに基づく生き方をしていくのが教義的信仰、様々な場面で神仏に祈るというのが儀礼的信仰である。教義的信仰はどちらかというと理性的で、儀礼的信仰は感覚的である。

 また儀礼には、どうしても非科学的で、マジカルな力というものがつきものである。そのため現代社会は、儀礼的信仰を低いものと見る傾向が強い。しかし、どちらか一方が

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21 インテリ視点でしか語られてこなかった仏教/日本の仏教が葬式仏教になった理由②

21 インテリ視点でしか語られてこなかった仏教/日本の仏教が葬式仏教になった理由②

 仏教には、三つの担い手がいる。

 第一の担い手は、仏教のエリートである。宗派の中で、専門に教学(宗派の教えを研究する学問を教学という)を研究している人、修行を専一に行っている人、あるいは宗派の指導者などである。

 現代では、教えを研究する僧侶は、宗派の研究機関に属していることが多い。ほとんどの宗派が、教学部など、教えを社会に適応させるためのセクションを持っていたり、教学研究所のような研究

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20 鎌倉時代に仏教が広がったという誤解/日本の仏教が葬式仏教になった理由①

20 鎌倉時代に仏教が広がったという誤解/日本の仏教が葬式仏教になった理由①

 「日本仏教の歴史の中で、一番、仏教に勢いのあった時代は?」と聞かれたら、十人が十人、鎌倉時代と答えるだろう。
 何しろ、鎌倉時代には、たくさんのスターが仏教界に生まれ、活躍をしていた。法然に始まって、親鸞、栄西、道元、一遍、日蓮など、仏教にあまり興味が無くとも知っている名前ばかりである。
 歴史の教科書を見ても、やはり鎌倉時代が重要視されているのがよくわかる。
 高校の日本史教科書の中で、最も使

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19 供養のメカニズム/葬式仏教の世界観⑥

19 供養のメカニズム/葬式仏教の世界観⑥

 供養という考え方も、葬式仏教を葬式仏教たらしめている重要な概念である。

 辞書によると「三宝(仏・法・僧)または死者の霊に諸物を備え回向すること」(広辞苑)とあるが、一般的には故人があの世で安らかでいることを祈る行為を供養と呼んでいる。

 ただ仏教における供養は、単に祈ることではない。我々生きている者が、この世で良い行いをして徳を積み、その徳を、あの世にいる故人に送るという仕組みになっ

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18 亡くなった人とつながる物語/葬式仏教の世界観⑤

18 亡くなった人とつながる物語/葬式仏教の世界観⑤

 死というものは、とても不幸な出来事である。それは、死にゆく本人にとっても、遺された私たちにとっても同様である。

 自分が死んでいくことに冷静でいられる人はいない。自分自身が存在しなくなるという恐怖、死に至るプロセスの中での肉体的精神的な苦痛、もう大切な人たちと一緒にいられなくなるという孤独、この世に置いて行く家族の行く末の心配。こうした事柄がいっぺんに押し寄せてくるのが死なのだ。

 遺

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17 千の風と現代人の死生観/葬式仏教の世界観④

17 千の風と現代人の死生観/葬式仏教の世界観④

 平成18年に「千の風になって」という曲がヒットしたことを覚えている人は多いだろう。実はこの曲のヒットは、仏教界にとってかなりの衝撃だった。

 それは、歌詞にこれまでの仏教のあり方を否定しかねない内容があったからだ。特に問題になったのは、次の二つのフレーズだ。

「私のお墓の前で泣かないでください。そこに私はいません」
「千の風になって、あの大きな空をふきわたっています」

 つまり、お墓に「私

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16 死者とともに暮らしていくということ/葬式仏教の世界観③

16 死者とともに暮らしていくということ/葬式仏教の世界観③

 あの世から故人の霊が戻ってくる、それがお盆である。そして葬式仏教の宗教世界は、霊と私たちの交流、あの世とこの世の交流でなりたっている。

 ここでは霊という言葉を使ったが、霊にあたる事柄には、いくつもの呼び名がある。霊魂、魂、御霊、精霊、死霊、亡霊、幽霊、魂魄が代表的なものであろう。学問的にはそれぞれ微妙に定義が異なるが、ここでは特にそれを区別しない。おおざっぱに言えば、〈亡くなってからも存在す

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15 目連の物語/葬式仏教の世界観②

15 目連の物語/葬式仏教の世界観②

 このお盆であるが、仏教的には、盂蘭盆経というお経がもとになって始められたと考えられている。そこで語られているのは、お釈迦さまの弟子である目連を主人公とした物語である。

 目連は、神通第一と呼ばれていて、弟子の中でも、神通力に優れているお坊さんである。

 ある時、目連は、亡くなった母親のことを思い出し、今どこにいるのか、安らかに過ごせているのかと気になり始めた。そこで得意の神通力で母親がどこに

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14 お盆の原風景/葬式仏教の世界観①

14 お盆の原風景/葬式仏教の世界観①

 葬式仏教には、いわゆる仏教の世界観とは異なる宗教世界がある。

 仏教の教義的な宗教世界は、実に壮大な世界である。お経ごとに様々な物語や世界観が広がり、複雑かつ緻密なことも特徴だ。

 それに対して葬式仏教の宗教世界は、素朴で、感性的な世界である。日本の風土から生まれた宗教世界と言ってもいい。

 この葬式仏教の宗教世界をもっともよく表しているものに、お盆がある。お盆の期間、家庭で行われる営みは

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13 葬式仏教は堕落した仏教なのか?/葬式仏教という宗教④

13 葬式仏教は堕落した仏教なのか?/葬式仏教という宗教④

ひろさちや氏の批判 ここで、このような「なんとなくの仏教徒」に支えられた仏教は本当に仏教と言えるのだろうか、教えをあまり説かず、先祖供養に支えられた葬式仏教はほんとうに仏教と言えるのだろうかという疑問が出てくる。

 前述の通り、「日本の仏教は葬式仏教で、堕落した仏教に過ぎず、本来の仏教ではない」という考え方をする人は少なくない。むしろ、仏教に詳しい人ほど、こうした考え方を持ちやすい。釈迦の仏教、

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12 なんとなくの仏教徒が多い理由/葬式仏教という宗教③

12 なんとなくの仏教徒が多い理由/葬式仏教という宗教③


おおらかな日本人の信仰 日本には、こうした「なんとなくの仏教徒」が多いのであるが、そもそも仏教徒というのは、どのくらいいるのだろうか?

 文化庁の『宗教年鑑』令和元年度版によると、8433万人が仏教系宗教団体の信者ということになっている。日本の人口は、1億2615万人だから、人口の67パーセントが仏教徒だということになる。

 ちなみに神道系宗教団体の信者は、8721万人の信者があり、この二つ

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11 葬式仏教は本来の仏教じゃない?/葬式仏教という宗教②

11 葬式仏教は本来の仏教じゃない?/葬式仏教という宗教②

 言うまでも無いが、仏教は、紀元前五世紀頃にインドで生まれたお釈迦さまが、人生をよりよく生きるための教えを説いたことに始まり、アジア全域に広がっていった世界宗教である。

 ところが現代日本の仏教は、このお釈迦さまが説いた時代の仏教とは、かなり様相が異なっている。その最大の特徴は、人が生きるための活動より、葬儀など人の死に関わる活動に大きな比重があることである。そうした現状を象徴する言葉がある。そ

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