短編小説:アリとキリギリス②
第二章:葛藤と変化
斎藤湧翔(さいとう ゆうと)は名門大学のキャンパスに足を踏み入れた。彼にとってここは、幼少期から憧れていた場所だった。ここで多くの成功者たちが学び、未来を切り拓いてきた。その重みを感じながら、湧翔は孤児院から背負ってきた夢を胸に、学びの第一歩を踏み出す。
しかし、その大学生活は決して順風満帆なものではなかった。湧翔が所属する経営学部のクラスには、藤堂颯真(とうどう そうま)がいた。颯真は大企業の御曹司として知られる存在で、その華やかな家柄とは裏腹に、大学では遊び人として名を馳せていた。
湧翔が初めて颯真と顔を合わせたのは、グループワークの場だった。颯真は自分の意見を言うこともなく、ただスマホを弄って時間を過ごしていた。その態度に湧翔は苛立ちを覚えたが、言葉にすることはなかった。颯真もまた、湧翔の生真面目な姿勢を冷ややかに見ていた。
しかし、その関係が表面化したのは、大学の図書館での出来事だった。湧翔が一心不乱に経営書を読んでいると、颯真が数人の友人を引き連れて図書館に現れた。彼らは周囲を気にせず大声で笑いながら話し始めた。その様子に耐えかねた湧翔が注意すると、颯真は「お前みたいな貧乏人がこんな大学で何を偉そうに」と嘲笑した。
「僕は努力してここにいる。あなたが何をしてきたかは知らないけれど、ここにいるからには学ぶべきことがあるんじゃないのか?」湧翔の静かな反論に、颯真の表情は一瞬だけ硬くなった。しかしすぐに笑みを浮かべ、仲間と共にその場を去った。
颯真は表向き平静を装っていたが、その言葉は彼の心に深く刺さっていた。家柄に甘んじて怠惰に過ごす自分と、逆境に立ちながらも努力を続ける湧翔。その対比が、彼の中に抑えきれない苛立ちと嫉妬を生んでいた。
颯真の幼少期は、父親である藤堂貴明(とうどう たかあき)の影響を強く受けていた。貴明は大企業を一代で築き上げた人物で、家庭でも厳格だった。幼い頃の颯真は、父に認められたい一心で努力を重ねていた。しかし、何をしても「もっとできるだろう」という言葉が返ってくるばかりで、次第に挑戦する気力を失っていった。
その結果、颯真は「どうせ何をしても無駄だ」という諦めに囚われ、自分を取り巻く環境に流されるまま、無気力な日々を送るようになった。そして、湧翔のような努力を続ける人間を見ると、自分がかつて抱いていた夢や情熱を思い出してしまう。それが彼を苦しめ、湧翔に対する反発心となって表れていた。
大学3年生のある日、経営学部の特別講義に世界的な起業家が登壇することになった。彼の名前はジョナサン・グリーン。複数のベンチャー企業を成功させ、世界中で影響力を持つ人物だ。講堂は学生や教授たちで埋め尽くされ、誰もが彼の言葉を聞こうと息を飲んでいた。
「成功とは、何か特別な才能が必要なものではない。」ジョナサンの言葉に、湧翔も颯真も耳を傾けた。「成功するために必要なのは、他人と補い合い、共に成長することだ。私はADHDという特性を持っているが、これまで一緒に働いてきた人々のおかげで、それを克服できた。」
颯真はその言葉にハッとした。自分には何もできないと思い込んでいたが、湧翔のような努力する人間と手を組むことで、何かを成し遂げられるかもしれない。その思いが胸の中で芽生えた。
一方、湧翔は講義の後、積極的に質問を投げかけた。その内容は具体的で深いもので、ジョナサンも感心して答えていた。その姿を見て、颯真は改めて湧翔の才能を認識し、自分が彼に嫉妬していた理由を自覚した。
特別講義が終わった後、颯真は一人講堂に残り、湧翔を待った。湧翔が講堂に戻ってくると、颯真は突然頭を下げた。
「これまでのことを謝りたい。本当にすまなかった。」
湧翔は驚きつつも、その真剣な態度に心を動かされた。「なぜ突然そんなことを?」と尋ねると、颯真はこれまでの自分の過ちと、湧翔への嫉妬心を正直に語った。
「君の努力を見て、自分がどれだけ無駄な時間を過ごしてきたか気づいた。もしよければ、これから一緒に何かを始めたいと思っている。」
その言葉に湧翔はしばらく考えたが、最終的に手を差し伸べた。「過去のことは水に流そう。これからが大事だ。」
こうして、2人は新たなスタートを切ることになった。
湧翔と颯真は、次第にお互いを理解し合うようになった。颯真は湧翔の才能に感服し、湧翔は颯真の財力や人脈がどれほどの可能性を秘めているかを認識した。2人は共に未来を見据え、事業を立ち上げる計画を練り始めた。
その過程で、颯真は仲間たちとの関係を見直し、湧翔と共に歩む道を選んだ。彼らの協力が、後に大きな成功へとつながる序章となった。