見出し画像

豪邸の裏側

植物が生い茂る裏庭を、マンションの三階から見下ろしていた。いつものように豪邸の婦人が手入れをしている。こちら側のベランダに日差しが射し、陰る豪邸の裏側は日に陰っている。豪邸の裏側には切妻型の小屋があって、ハロウィンやクリスマスになると、飾りがちりばめられ、その小屋のなかで食事をするのが決まりのようだと、以前、そばを歩いているときに夫婦の会話を耳にして知った。

その主婦は毎日豪邸で夫婦喧嘩をしていた。喧嘩する大声がこのマンションにまで聴こえてくる。夫婦には子供がいるが、大学を卒業して、余所で暮らしていると不動産会社の男から聴いていた。喧嘩が絶えないのは、子供がいなくなって、コミュニケーションがとりづらくなっているからかも知れないと、やはりその不動産の男は話して聴かせた。よく喋る不動産屋だ、ぼくも何をいわれるかわかったものじゃない。

豪邸の夫婦は、喧嘩ばかりだが、小屋ですごす祝祭日だけは大切にしているようで、そういう日は喧嘩もなく、笑ってすごしていた。けれども、小屋に出入りする婦人はよく見かけるが、小屋に出入りする主人は一度も見たことがない。小屋のなかの主人のことで知っているのは、声だけだ。それも、よく聴くと、スピーカーから出力されたような、幅の狭い音声で、以前からそれが気になっていた。

豪邸の夫婦は、お盆にも、その小屋に入り込んだ。室外機が勢いよく廻っていた。めずらしく小屋のなかからも喧嘩の声がし出した。見下ろすと、ワインボトルを持った婦人が何かわめきながら外に出てきて、ハーブを片手で摘み、それからまた小屋にもどった。喧嘩の声は、実際、はしゃいでいる声のようだった。ハーブは、酒に漬けるのだろうか。そうかも知れない。食べ物に使うのだろうか、そうなのかも知れない。

用があって不動産屋に足を運んだとき、豪邸の主人の話をすると、主人はもう半年前から病気で入院しているといわれた。ということは、あの小屋からの声は誰の声なのだろう。婦人は入院先の夫と端末か何かで通話しているのだろうか。小屋から聴こえてくるのはハスキーな声だというと、ハスキー? そんな声してました? と不動産の男。

入院している夫とは別の男と、小屋で祝祭日を会話しながらすごしている主婦を想像した。怪しいと思ったあと、何にも怪しくないではないかと思い直した。子育ても終わったのだ。やっとほんとうの暮らしがやってきたのかも知れないし。

ではあの豪邸から聴こえてくる喧嘩腰の声も……だが、少子化が解決されたとしても、それはそれで夫婦に他の問題が出ることは容易に想像できる時代でもある。それだからこそ少子化が進む時代なのでもある。入院している夫をよそに、豪邸から主人以外の男の声が聴こえてきても不審に思うことはない。ぼくは久しぶりにベランダに椅子を出して、飲み物を飲みながらすごした。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?