現代には似合わない言葉

お金を沢山持っている事がゆたかですか?お金を沢山稼ぐ人はゆたかですか?

お金=ゆたかさの象徴と思っていた。だが、色んな経験をすればするほど、物事の考え方の視野が広くなればなるほど、その考えが間違っている事に気付く。 

「勉強して、いい大学に行って、いい企業に入って、沢山お金を稼いで、税金を納めて、早く結婚して、良い家庭を持つ事が最高の人生だ」と、大半の家庭の親や身内が子供達を洗脳する。そして、

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未曾有の大災害を機に、愛され収益増になった企業と人が離れた企業の違い

いよいよ本日4月16日「緊急事態宣言」が全国に発せられるというこの困難な時は、もちろん平時ではなく危機。記憶に新しい危機は昨年10月の長野県・千葉県の大雨・台風災害。とはいえ、局地的で、全国的な課題でないため、特に東京中心のメディアは当事者意識なく他人事で報道し、現地の方との気持ちのギャップが著しく、共感が得られない報道となっています。

ところが、この「緊急事態」の感染症騒動では、全世界的な課題

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さすがですね、あなたは話がわかる人だ

地震に備える

今、そんなことは考えたくもないが、しかしいざという時の為に準備をしておいて損はない。
今回は俺が準備しているものをご紹介したいと思う。

①携帯用トイレ

凝固剤があるから固まるし、抗菌消臭タイプで臭いも安心。
災害時にはトイレが一番困るだろうから、これは必須だと思う。

②水

俺は単身者だが、2ℓ×6本で6日分と考えている。 
しかしあくまで最低限の量だし、長期戦を考えたら全然足りない。
近々

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ありがとよ~。元気にしてるかぁ~い?
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生まれてはじめて被災した

34年間生きてきたが、災害とは無縁の人生だった。
 1995年に、阪神淡路大震災が起きたとき、私が住んでいた岐阜県も、震度3~4程度の揺れに襲われたが、生活にはまったく影響がなかった。
 同年の地下鉄サリン事件をはじめとする、オウム真理教関連の騒動も、まったく関係なかった。
 2011年に東日本大震災が起きたときも、岐阜県に住んでいたが、岐阜はほとんど揺れなかった。あのときはちょうど温泉旅行をして

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今思い返せば、あれは被災だった

いつものように、バイト先で後片付けをしていた時、急に地面が揺れた。

熊本はもともと地震が多く(今振り返ると多かったが、あの時はこんなもんだと思っていた)地面が揺れることは度々あった。

だから、これもその一つだと思ったが違った。

立っていられないほど、一瞬でこれはまずいと悟るほどの揺れ。

調理場の料理人がだっと外に駆け出していくのを見て、本能的に外に出た。足元は砂利で、目の前には一緒にバイト

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フクシマからの報告 2020年春    JR常磐線開通に合わせて       レッドゾーン道路だけ封鎖解除     9年間無人の街を前にマスコミは無関心

昨年の12月20日、こんな報道が流れた。

「政府は、帰還困難区域である福島県富岡町のJR常磐線・夜ノ森(よのもり)駅周辺の避難指示を、来年3月10日に解除する方針を決めた」
 時事通信の記事は「帰還困難区域の避難指示が解除されるのは初めて」と誇らしげに言う。

(Google マップより。右上隅が福島第一原発。直線距離で6〜7キロ)

これは現場に行って、この目で確かめなければならない。私はそう

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「復興」について

3.11から9年ということで各メディアがそれぞれ報道をしていた。

私は福島県のいわき市で震災から9年目の3.11を迎えた。

コロナウイルスの影響で人影は少なかったが穏やかに過ごすことができた。

いわき市は震災の影響を直接受けた地域とそうでもない地域に分かれる。

震災当初と比べて目に見える部分では「復興」はされたと感じる。まだまだ手のついてない場所があることも知っているが封鎖されていたような

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「少しだけ」のようでも、自分にできる事をしたい

震災で亡くなられた方々に対して心からお悔やみ申し上げます。

また、大切な人を喪ったり。生活の基盤を根底から覆された方々に対しても、地域や社会などコミュニティを通じて今後ますます住み良くなることを心より願っております。

私もカバン一つやほとんど物を持たない状態で人生を三度やり直していますから、少しだけ、その方々の気持ちが理解できるような気がします。

様々な発信を見て、今自分にできることとはなん

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あれから9年

東日本大震災から今日で9年。

寒い寒い、曇天の、雪の降る日だった。

思い出しながら書く。
当時私は高校3年生で、卒業式も終えていた。同年代の親戚の家に集まり、お菓子を作ったりお喋りしたり、いつもと、本当にいつもと何ら変わらない日を過ごしていた。

お昼が過ぎ、床に寝そべっていた所、地震が来た。地元は特に地震が多い地域で、揺れ始めはまたいつもの地震かくらいに思った。

強い揺れが止まらない。気持

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3.11

皆さん

こんにちは!

本日は、

東日本大震災があった2011年3月11日から9年

当時中学校の卒業式を終えて、友達と遊びに行ってる時でした。

当時の揺れは、震源地から離れた千葉でもかなりのものを感じました。。

テレビで被災地の現在を見ると当時の被災の爪痕や被災された方の心の傷は9年経った今もなお消える事は無いように感じます。

何不自由なく生活できる事に感謝。

当たり前の生活を当たり

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