朝鮮半島情勢について考える

安倍晋三首相の辞任により、東アジアの情勢はどう変わるのか。

東アジアの情勢を語る上で朝鮮半島が鍵を握っていると私は思う。

今でも冷戦の産物として残り続ける分断国家の朝鮮半島は何度も統一を試みた。

2000年6月15日。初の首脳会談後、「6.15宣言」を発表。
2007年10月4日には7年ぶりとなる首脳会談後、「6.15宣言」をより実践的な内容に取りまとめた「10.4宣言」を発表。
2018年

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金与正の「代理統治」 北朝鮮の事情と韓国の狙い

韓国の諜報機関であるの国家情報院が8月20日、驚くべき内容の報告を行った。その内容は、たちまち世界に打電されたが当然だろう。北朝鮮の最高指導者、金正恩氏が、妹の金与正労働党第1副部長らに国政運営の権限の一部を委譲し、「委任統治」を行っていると明らかにしたのだ。理由は「仕事のストレスから」であり「うまく行かなかった時に責任を逃れるため」というのだが、北朝鮮の実状を知る脱北者や、北朝鮮の専門家は首をひ

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うれしいです。

朝鮮戦争小年表

1950年6月25日 北朝鮮軍が南侵
 6月28日 ソウル陥落
 日本の国民所得が大戦前水準に
 7月7日 国連軍(米英など)を結成
 7月8日マッカーサー7万5000人の警察予備隊の結成を指令
 7月 レッドパージ - 日本共産党員と支持者が公職追放される
 8月 警察予備隊(現:陸上自衛隊)9月15日仁川上陸成功
 9月28日国連軍、ソウル奪還
 10月1日韓国軍、38度線突破
 10月9日国

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吉田茂のCプランとは

日本が第2次大戦で敗れてからまもない1945年10月、外務省は国際社会に復帰するため講和条約の締結準備を開始していた。その中心人物が吉田茂首相だった。当時、世界では東西の対立が深まり、冷戦が本格化していた。

 1950年6月、対日講和担当のダレス米国務長官顧問が訪日。この最中に朝鮮戦争が勃発し、外務省は東側諸国を除外した「多数講和」を前提とする講和方式に重点を置くようになったが、ダレスとの交渉が

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朝鮮商品分類標識協会

朝鮮民主主義人民共和国は1999年1月、国際商品分類標識協会に加盟した。

この時から、朝鮮民主主義人民共和国商品分類標識協会では国際機構との連係の下に国内で流通する商品に識別符号を制定、登録し、その管理を行っている。

商品識別符号技術の導入と利用は、情報産業時代の要請に即して製品の生産から販売、流通、回収に至る全過程で情報化の実現に役立つ重要な事業である。

協議会のチョン・グンモ書記長はこう

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板門店宣言は破棄されるのか

こんばんは。今日も一日お疲れ様でした。
国会議員を目指す高校生、Taro Nakaです。よろしくお願いします。

随分前ですが、韓国と北朝鮮が茶番と言ってもいいレベルのやり合いが繰り広げられていましたね。
北朝鮮から脱北した人たちの団体が、北朝鮮に向けてビラを撒きました。

なんと、そのビラは、、、

北朝鮮の政治体制を批判するビラでした。

これは、実際に撒かれたビラだと思われます。
私は朝鮮語

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スキありがとう!
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第11話 切手博物館の女の子

※今回の記事は結構おちゃらけです。

私たちは南北の軍事境界先のある板門店からの長い道のりを経て平壌についた。

この日の最後の予定に組み込まれているのは「切手記念館」。 

一体誰が興味があって「北朝鮮」の切手博物館に訪れるやつがあるかとも思うが、ツアーに半強制的に組み込まれているので仕方がない。

中に入ると、カラフルなチマチョゴリ姿の女性がおり、中まで案内してくれくれた。 

典型的な朝鮮人

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【横田滋さん死去】 高校生が思ったこと

新聞の一面に「横田滋さん死去」という大きな見出し。

「ああついに亡くなってしまったか。」「結局北朝鮮はめぐみさんら拉致被害者を返還せずにごまかし続けて時間が記憶を薄めるのを待つんだろうな。」というのが率直な感想。

“横田めぐみさん”というワードは物心ついたときから私の頭の中では“北朝鮮拉致問題”のイメージにへばりついていた。この名前が“北朝鮮拉致問題”の象徴になっていたといっても過言ではない。

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