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(3) AIエンジニア、 デビュー戦を飾る


 函館から列車で日本海側を下り、秋田県にかほ市へやってきた。
分厚い雲に包まれた空から 時折 粉雪が舞い、頬を撫でる。真冬の日本海、今夜は白子の入ったタラ鍋と日本酒にしようと、半ば決めつけるように今夜の夕食をイメージしていた。
沖合には、飛島が見えていた。象潟漁港のPB Martの倉庫にはネットスーパーの商品以外に、山形・酒田港や秋田・吹浦漁港で上がった寒ダラや、新潟・村上市の鮭も運び込まれていた。この冬ならではの品々を見ていると、口内に自然と唾液が広がった。明朝は市場に寄って宅配便を送らねばと戒める。自分ばかり楽しんでいると、その内バチがあたる。

ヘリポートにはドローンが待ち構えている。「どうぞ、飛ばして下さい」と言うと、冬の強い浜風に負けじとフワリと浮かび上がり、「ボッ」とジェットエンジンを点火すると、飛島へ飛んでいった。新潟・村上漁港の倉庫からは粟島と佐渡ヶ島に、鳥取・境港からは隠岐の島諸島へ、ほぼ同じ時間帯でドローンが飛んでいった。今日から日本海側の離島部への配送も始まった。来週は福岡沖の対馬と壱岐にもドローンが飛んでゆく。流石に大きな島に運ぶようになるとマスコミにも知れるのか、取材に訪れるという。そちらは福岡の議員に対応して貰うようになっていた。

 来週、アメリカの議員団と朝鮮半島の38度線に行くことになっている。
ここから朝鮮半島は見えないが、秋田よりも寒々しい空気に包まれているのだろう。昨夏の拉致被害者奪還以降、彼の国との関係は全て遮断した。従って、援助物資も7月以降は届けていない。夏なので野菜の収穫もあったのだろう。物質の要求すら無かった。しかし、今は困窮に喘いでいるはずだ。

中国・北朝鮮は森林が非常に少ない。目先の食料を得る為に、平地を田畑にしてしまった。特に北朝鮮と中国国境付近は鉱物資源が眠るような荒れた土壌で、特に土が痩せている。元々森林がなく腐葉土のサイクルに乏しいので、化学肥料に頼った農業をせざるを得ない。
中国側にはそれが出来ても、北朝鮮は肥料を手に入れることすら覚束ない。そこで、人糞や家畜の排泄物が肥料に使われている。逃亡した北朝鮮兵の体内の寄生虫が、それを物語っている。植林もせずに開墾に明け暮れ、水害と間伐を毎年のように繰り返す。稚拙な社会主義、無秩序な計画経済の弊害だ。収穫量ばかりを優先させるから、土壌が痩せていく。干ばつとなり、水害が多発するか分かっているのに、対策を講じようとしない。生産目標というノルマが課せられているからだ。水害と干ばつで不作だったら、それは天の意志として不問となる。故に中国、北朝鮮、ポル・ポト政権の原始共産主義、毛思想系の仕組みを信じていない。近視眼的で未来を見据える事が出来ないからだ。結果的に中国と北朝鮮の農業生産は昨年も大きく落ち込んだ。

しかし、中国には金がある。いくらでも輸入出来るので、ウクライナ、ロシア、イランの農産物・畜産物を持ち込めばどんどん買ってくれる。お陰で儲かるからそれはそれでいいのだが。しかし、北朝鮮はそうは行かない。故にアメリカが冬まで放置した大きな理由があった。キリギリス国家が、飢餓の国に生まれ変わるタイミングを待っていた。アリのような計画性の無い彼らには、今秋の収穫物など 手元には残っていないだろう。
人口の半分が特権階級で、生産力が著しく不足している国家の末路が、どんな顛末を迎えることになるのか。その有り様を、今回、世界は見届けることになるかもしれない。

また雪が舞ってきた。ダッフルコートのフードを被ると、倉庫内の事務所に入っていった。

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MOB(Mobile Offshore Base)が、両側に接岸されたタグボートによって、石垣島からはるばる曳航されてきた。海上保安庁の船に先導されながら九州の沖合を北上し、長崎・五島列島を目指していた。その頃、神戸からチャーターされたクルーズ船が関門海峡を越えて長崎にやってきた。

これは防衛省の手際によるものだった。韓国空軍の演習に参加させてくれる御礼に、MOBを暫く試して下さいと、佐世保基地の米海軍と岩国基地の海兵隊に伝えた。MOBにはクルーズ船が接岸し、そこで寝泊まり飲食が出来るという。米軍は防衛省の申し出を喜んで受け入れ、岩国の海兵隊基地から来たオスプレイ12機に乗り込むと、五島列島の沖合を移動中のMOBに飛んだ。

米軍関係者は喜んだ。季節は冬なので流石にプールの水は抜かれていたが、豪華なクルーズ船が横付けされていた。船内ではちょっとしたバカンスのような生活が出来、しかも、仕事場がすぐ隣りにある。おまけに陸地から離れているので、日本人に気兼ねなく騒音を出し、訓練が行える。
船長から艦橋部を譲り受けた後、滑走路を見ると、丁度漁船が横付けされて五島列島で捕れた魚を荷卸ししていた。船内に入ると厨房にはウクライナ産の肉と野菜、ラオスの工業団地で製造されたというビールやコーク等の清涼飲料や、アメリカブランドの食品が大量に運び込まれていた。

今回はレンタル船だが、船については新造するので要望があれば伺うと日本側が言う。これだけ手厚いもてなしをしてくれるのは日本だけだろう。
佐世保基地と岩国基地の両司令は、この「新基地」を絶賛するレポートを作成し始めた。佐世保の次は、嘉手納の空軍がこの基地を試すという。
防衛省は「味方を作る」ことを考えていた。米軍が「コレで良し」と言えばMOB実現に向けて前進となる。「船」によって使い勝手も、見栄えも変わる。実際にクルーズ船をチャーターするだけで「印象」は大きく変わった。

石垣島から曳航されてきた「滑走路」に、韓国も中国も当然ながら気がついていた。米軍が使い始めるのを確認すると、韓国は緩い監視体制を引き、中国は警戒を強化した。中国は、彼らが五島列島沖に居座るつもりなのか、それとも別の場所に移動するのか、気になっていた。

数日経つと オスプレイを載せたまま、ゆっくりと移動を始めた。島根県・隠岐の島の沖合いが次の訓練地となる。近々、在韓米軍が面白いイベントをするらしいと彼らが知ったからだ。中国は「南下しなかった」ことに安堵し、警戒態勢を解除した。

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北国から帰ってきて、西新橋のプルシアンブルーへ顔を出した。
硫黄島へやってきたスウェーデン機とイギリス機の開発状況の様子を確認に来た。部品会社に製造を依頼しているのだが、その生産スケジュールがどのような按配か気になっていた。プルシアンブルーは、双方の機体を国産戦闘機として組み立てようとしていた。プルシアンブルー社はSAABとBAE両社との共同開発契約の他に、ライセンス契約も交わしていた。戦闘機を開発する前に、部品会社にも戦闘機のパーツ生産に慣れて頂く必要があった。最も重要なのはエンジンで、日本の場合 ロケットとミサイルエンジンはMH/社,ジェットエンジンはIH/社が得意としている。航空機は、一般的にアメリカ製の汎用エンジンを採用して、世界のどこでもメンテナンス出来るようにしているが、国産ロケットと戦闘機は別だ。保守点検するのは国内だけなので、好きなように開発・製造出来る。IH/社には無茶振りのようだが、この2つの戦闘機のエンジン製造を依頼していた。
それに、西新橋へ戻っていたサミア達にも会っておきたかった。
昨年末、硫黄島で見たファントムに興奮しながら羽田に帰ってくると、サミアのチームはそのまま市ヶ谷に連れていかれた。それで各自が荷物を持っていたのかと合点がいった。何でもアメリカのほとぼりが覚めるまで、防衛省で彼らを「匿う」のだという。車の中で防衛省から説明されたのは、AI開発チームをアメリカが雇えなければ、米軍はモリに照準を合わせて接触してくるはずで、情報を提供しろと必ず要求してくる、と言う。
F2の開発時にサミアのエンジニアとしての素性がバレているので、F3の開発の際も、アメリカから匿う必要があると力強く言う。
今日から横須賀のデータセンターには、海上自衛隊横須賀基地の陸自の特殊チームを配備し、西新橋のビルにも、私服のチームを忍ばせているという。
防衛省が周到に用意していたのを始めて知った。その割にはサミア達が嬉しそうなのが印象的だった。各自、要人扱いされるのが新鮮だったらしい。
サミアがF2の開発時の屈辱を、未だに根に持っているのを知っていた。こっそり帰化しようと企んでいるのも、夫のゴードンから聞いていた。その暫定母国であるアメリカに、今回、一泡吹かせた事で「やっと仕返しが出来た」とでも思っているのかもしれない。

とにかく、無暗に議員宿舎から出ないでくださいと言われた。明朝、防衛省までの車を寄越しますと言って 彼らは去っていった。議員宿舎から僅か数分の所に米国大使館があるのだが、随分徹底しているなと、あの時思った。
アメリカが自分に手出しできない事まで防衛省は知らないので、念には念を入れたのだろうが、あの時の防衛省の対応が、これまで日本が置かれてきた立場なのだと知り、興ざめていた。そんな一件が年末にあったのだが、米軍の一時の勧誘熱も冷め、米国は日本を利用する方向に頭を切り替えた。元々の間柄である「支配と従属の関係」を最大限に活用しようと考えた。何しろAIなので「自衛隊員は乗っていない」だから「世界中を連れ回せる」と考えた。日本の憲法を実によく理解している。皮肉を込めて、そう思った。

AI開発チームから説明を聞いていたら、ふと、部屋の配置に気がついた。元々幹事長室だったフロアに航空AIチームが入り込んだのだが、その部屋の片隅に、大型のゲーム機があったからだ。なんだろう?と近づくと、ゲーム機であるハズはなく、戦闘シミュレーター機だった。
ファントムの操縦席の隣は、F15イーグルの操縦席だと言う、そんなの開発してるのか!とサミアを怒鳴り散らした。

「まあ、いいじゃないの。F15に乗ってみる?」サミアに軽くいなされて、愛するファントムを試した。皆、呆れたのかもしれない。ふと気が付いたら周りに誰もいなくなっていた。燃料も気にせずに2時間近くドッグファイトし続けていたらしい。何しろシミュレーターはGが掛からないので、機体をグイグイぶん回しても問題なく、32機を撃墜した。ゲームで32機とは少ないな、と思っていたら、歴代最高撃墜数らしく、一人でガッツポーズをした。何か急に恥ずかしくなり、ソッと部屋を抜け出していった。
後で、サミアがこの結果に驚いて、データを保存するように命じていたらしい。それを知ったのは、後の話となる。

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中国、北朝鮮国境に援助用に集められていたトラックは、既に各省の人民解放軍の元へ戻っていた。その膨大な数の止まっていた丹東市の郊外で建設が始まっていた。国境を流れる鴨緑江の河口にある東港に、韓国から運搬されてきたプレハブの建築素材が運び込まれ、更に運搬され、組み立てられていた。日本で震災被災者が入居するような長屋上の施設によく似ていた。北朝鮮から出稼ぎにやってきた人々が組み立てを始めていた。労賃は韓国企業が払ってくれるらしい。38度線の韓国側の国境沿いにも同じようなプレハブ建造物が作られ始めていた。各部屋にはエアコンが設置され、自炊するための家電や家具に4人分の布団が置かれた。日本の銭湯のような建屋も、組み立てられていた。明らかに、北朝鮮からの人々を受け入れる施設だった。
アメリカは北朝鮮からの援助要請を受けて、韓国政府に建設の提案をした。中国、韓国の国境周辺に100万人程の収容施設を作り、この冬を乗り切れるようにし、食料を配給するよう告げた。韓国政府は同胞の支援のために立ち上がり、2箇所に75万づつ計150万人分の収容施設を昨年から用意していた。当然ながら150万人分だけでは足りないだろうと、各都市でも受け入れ体制の準備を進めていた。

平壌入りしたアメリカとイギリスとIAEAの一行は、査察チームと北朝鮮政府との交渉チームに分かれた。アメリカはこの会談に向けて何度かネット会談し、経済困窮者を国境の施設で暫定的に受入れて、この冬を乗り切るプランと、韓国から食料援助を行うと告げていた。
アメリカと日本の議員団は、この援助状況の視察に訪れようとしていた。

北朝鮮にはこの提案に縋るしかなかった。朝鮮労働党600万人と兵士120万人、そして、彼らの家族を養うだけの食糧も財源も無かった。一昨年に引き続き、計画経済は無残にも失敗に終わっていた。秋の収穫は既に無くなり、中国にも自前の物資が無く、支援を受けられず、年明けから商店の棚には何もない状況が続いていた。そんな平壌の街の様子を、査察団と一緒に訪朝したアメリカと韓国のメディアが伝えていた。
韓国の人々は、同胞をなんとか助けようと一丸となっていた。

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この日、アフガニスタンの首都カブールで、政府とタリバンの交渉が決裂した。同時にタリバン側が一方的に停戦協定を破棄した。アメリカの前政権がアフガニスタンから撤退し、米軍が不在となっていた。約4000人もの捕虜を解放されたタリバンは、アメリカとの取り決めを反故にして、パキスタン国境に近い東部ジャーラーバードの街を出て、首都カブールに向かって進軍を始めていた。タリバンはアメリカの目が北朝鮮に注目するタイミングを狙っていた。アフガンに続き、米軍はイラクからも撤退したので、近隣にアメリカの脅威は残っていなかった。

アフガニスタン政府から援助要請を受けた国連とアメリカは、あまりの急な展開に対応出来なかった。昨日まで交渉がスムーズに進んでいるとアフガン政府から聞いていたからだ。誰もがタリバンを信じ、疑いもしなかった。アルカイーダとの関係根絶、トルコからの支援途絶と、アフガン政府と一体となって、今後は国を支えていくと、昨日まで言っていたからだ。

ペンタゴンはイギリス政府にSOSを投げた。スマトラ沖に英国海軍空母クイーンエリザベスが居ることを知ったからだ。
空母は更に進んでおり、スリランカの沖合を航行していた。そこへロンドンから連絡が届いた。アフガニスタンへ飛び、タリバンの侵攻を停めろと。
しかし、ファントム6機はほぼ丸腰だった。燃料タンク以外にミサイル武装もしていない。使えるのは弾数の限られたバルカン砲だけだった。ファントムに搭載できるミサイル類はこの周辺国には無かった。最寄りはサウジアラビアの米軍基地だが、あまりにも距離がありすぎた。

艦長から相談を受けた日本人エンジニア達は「やるしかないだろう」と頷きあうと、艦長たちに説明を始めた。説明を聞いた艦長は、エンジニア達のアイディアに縋ることにした。手段が他にないのだから仕方がない。

早速、アメリカの偵察衛星のデータを取得する要請を行った。その幾つもの静止画を直ぐに受け取った。ジャーラーバードの街からトラックがずらりと並んでいるのが分かった。「このすべてのトラックが攻撃目標で良いですね?」エンジニア達はアフガン政府とアメリカに確認した。民間車両を戦闘に巻き込みたくないからだ。AIは敵戦艦や敵戦闘機は分かっても、トラックが「敵」だとは認識しない。それで攻撃対象を指定する必要があった。同時に、タリバンが携行している武器の情報を、アフガン政府に確認して貰う。ジャーラーバードから約8500名が93台の軍用トラックに分乗して移動中。ヘリを迎撃するサイドワインダーや対戦車用ミサイルランチャーが最大の火砲兵器だと知る。しかし、その数までは分からなかった。
ジャーラーバードからカブールまでの地図情報を確認して、飛行する地形情報をファントムにインプットしていった。まさかのアフガニスタンだったが、3人揃って居たのが功を奏した。手際良く設定を完了させるとデータインストールの済んだ3機を先行して発進させ、10分後に、残りの3機を発進させた。

機体認識コードは日本機のままだった。国連とアメリカがインドから了承を貰った。日本の戦闘機が上空を通過すると。パキスタンはタリバンと裏で繋がっているだろうと連絡をしなかった。タリバン側へ情報が漏れると厄介だからだ。ファントムはイスラマバードの西側上空を堂々と通過すると、アフガニスタンへ到達した。

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カブール侵攻に成功すれば、我らタリバンが政治の実権を握る。
アメリカが撤退し、捕虜が帰ってきた今がまさにチャンスだった。ミャンマーでクーデターが起き、未だに軍事政権が居座っているのも好都合だった。周辺に大国の影は見当たらなかった。パキスタンからの支援物資も整っていた。タイ、ミャンマー軍事政権の次は、アフガニスタンのタリバン軍事政権樹立だ。チャンスは今しかなかった。

爆音が空に響き渡った。何事かと見回すと、一機の戦闘機がゆっくりと飛んで追い抜いていった。翼には赤い丸が付いていた。赤い丸なのでバングラデシュ軍か?そう思った時、後方から爆破音が聞こえてきた。追い抜いていった戦闘機がゆっくりと左に旋回すると、先頭車両が爆発した。左側面から攻撃を加えてきた。

戦闘機は低速度で機銃掃射してゆっくりと退避する。するとトラックが3,4台爆発する。また射撃して爆発する。隊列は完全に止まった。戦闘機は確実にトラックを当ててきた。なんて射撃精度だと震えた。トラックから降りた兵士は戦闘機に向けて闇雲に銃撃した。火力器担当の兵士はミサイルランチャーとサイドワインダーをうち放った。しかし、戦闘機は急に加速すると簡単に回避して、何事も無かったかのようにまた車両を破壊していった。

後方の隊列は破壊されたトラックの黒煙で見えなかった。ただ、6機の戦闘機が飛び回っていた。バングラデシュにこんな航空部隊が居たのか・・

ファントムのセンサーは稼働している動力炉、エンジンが無いことを認識し、データをクイーンエリザベスへ送信すると、隊列を組んでアフガニスタンから飛び去った。燃料をセーブしてインド洋まで抜けなければならない。

タリバンの車両は、全て破壊された。僅か10分も満たない攻撃だった。

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「Mission complete」ファントムからメールが届くと、空母艦橋室は歓声を上げた。バルカン砲だけで部隊を制圧しやがった。しかも僅かな弾数で。英国軍人達は謎の行動に出た。「さくらさくら」を合唱していた。

やがて攻撃時の模様が圧縮画像で送られてきた。画面は荒いが、トラックのエンジン部だけを銃撃しているのが分かった。誰もが信じられない思いでモニターを見ていた。サイドワインダーやミサイルランチャーが飛んできても安々と躱しながら、トラックのエンジンだけを連射せずに狙い続けていた。これはレシプロ機ではなかった。ジェット戦闘機が短射して、確実にトラックを無力化し続けていた・・

この映像は国連、アメリカ、アフガニスタン側にも送信された。
タリバン軍の足を止めたと報告を受けたアフガニスタン軍は、一斉にジャーラーバードへ向けて進軍した。移動手段を失った兵士を捕捉するのは造作の無いことだった。サイドワインダーもミサイルランチャーも既に撃ち尽くしていたのだろうか、まずヘリが先行して距離をとって警戒していると、タリバン兵たちが白旗・・半裸でシャツを振っているのが見えた。
ヘリの乗員たちは「一体ここで何があったんだ?」と訝しんだ。

このタリバン車両破壊の映像は、一斉に世界を駆け巡った。世界の軍事関係者は映像の数々を信じられない思いで見ていた。
たまたま、スリランカ沖を航行していた英国軍がタリバンの車両を破壊し続ける映像は、英軍のドローンによる破壊だと伝えられた。再生速度もヘリ並みの速度まで故意に編集されていて、サイドワインダーとミサイルランチャーを回避している映像は全てカットされていた。

それがドローンでは無く、日本のファントムによるものだと知っている国が幾つかあった。ベトナムは勿論、中国、北朝鮮、韓国、そしてロシアも、空母クイーンエリザベスに搭載されていたのはファントムだと知っていた。国連からは、お願いだから公言しないで欲しいと各国に通達が出された。

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防衛省は沈黙するしかなかった。まさかアフガニスタンで地上戦をしているとは思わなかった。公開された映像は、見事に編集されていた。確かにドローンが攻撃しているように見える。再生速度をスローモーションにしたのだろう。戦闘機が攻撃しているようにはとても見えなかった。

早速、防衛大臣とモリと連絡を取ると、2人共、呑気なものだった。「案ずるな、大丈夫だ」と高をくくっているようだった。攻撃したのは国連とアメリカから要請を受けた英国軍であって、日本は一切関与していない、と。

防衛省は攻撃したのがファントムだと日本政府に知れたら・・と、気が気ではなかった。

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「バルカン砲を短射程で放ち、地上部隊の進行を止めました。100台近い車両をピンポイントで撃ち抜いたのです。タリバン側の死者数は僅か8人だったとアフガニスタン政府から連絡が来ました・・」

「8人・・この攻撃でたったの8人、何かの間違いだろう?」

「負傷者数は3千名を超えるそうですが、死者は僅か8人、間違いないと言っています」

「ソフトウエアでこんな芸当が可能なのか?機銃掃射だけで?」

「私のこれまでの認識ではあり得ないことでした。しかし、このファントムにはこのバカげた能力が備わっているのは間違いないようです」

国防長官も自分が何を言っているのか理解できていなかった。唖然とした顔をしている大統領を、これが普通の反応だと思いながら見ていた。

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アメリカ軍はファントムが撮影した全ての映像の解析を始めていた。
まず、本来の速度で再生すると、いつ攻撃したのか分からない。そこで超スローモーション再生すると、一度の射撃で10発程度の弾丸がエンジンを撃ち抜いているのが分かった。爆発するトラックもあれば、そのまま無力化された車両もあった。
計93台の車両に対して939発が使われ、全てエンジンだけを狙っていた。
もし人間が掃射すれば、数十万発は放っているはずで、その分人的被害も膨大な数に跳ね上がっただろう。もの凄い精度であることが分かった。

数日後、日本のファントムと戦う予定の在韓米軍と韓国空軍にもこの解析結果が渡された。

「おいおい、こんなのと戦うのかよ・・」在韓米軍のパイロットは嘆いた。

「低速度で飛んでいるのに、サイドワインダーを軽々と躱している。まるで背中に目があるみたいだ・・」

「ミサイルをぶっ放してもダメだって事か?」

「2対1、もしくは3対1にして囲んでやってみるか?」

「実際に弾を打つわけではないから、それでいい。味方は相討ち覚悟で囲んでみよう」

残された手段はそれしかないと判断したのだろう。パイロット達の顔は引きつっていた。

中国軍、北朝鮮軍、そしてロシア軍のそれぞれの映像分析班は、国連が公開した映像を本来の速度に修正して、誰もが唖然としていた。「なんだこれは・・」AIファントムの機銃掃射の精度の高さを、思い知った。

韓国空軍はレベル差を即座に理解した。「先手必勝しかあるまい・・」

唯一の突破口を、最初のワンチャンスに求めた。

(つづく)

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