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(4) この国の海と空と 、 そして島と。


 北前・社会党が所有するレンタル遠洋漁業船10隻が、浦賀港に停泊していた。時節的に遠洋漁業よりも近海漁をする頃なので、年末頃からこの母港に寄港し、春の到来に向けて整備されていた。海洋AIに加え、気象AIを各船舶へ実装作業中だった。
春に気象庁に納品する気象AIシステムを先んじて搭載し、外洋で刻々と変化する気象情報と、軍用にも使える海洋ソナーとを連携させて「その日の漁業場候補」を提示してくれるようになる。誰しも、雨振りや波の高い海域で漁はしたくない。波穏やかで、雨が降っていない、魚がわんさかいる海域で漁をしたい。そんな漁が今年から出来るようになる。
また、ディーゼルエンジンの横にモーターとバッテリーを据え付け、スクリュー駆動をモーターが行うように改良中だった。大型船も車と同じようにハイブリット仕様に替え、実働航続距離を1.5倍に伸ばす。嘗て、初代日本丸と海洋丸の兄弟帆船を製造した日本最古のドッグは、造船不況により暫く横須賀市の管理下にあった。それを買い取って、プルシアンブルー・マリン社として新たに造船業にも進出した。
埠頭に、一隻のあぶくま型、排水量2千トンクラスの艦船が停泊していた。日本では護衛艦と呼ばれているが、世界ではフリゲート艦サイズの艦船
だ。モリとゴードンと2人のエンジニア、そして防衛大臣は、元艦長に誘われて艦内へと入った。2人のエンジニアが艦橋席に座り、PCを取り出して作業を始めた。この初航行で最終チェック後、海上自衛隊へ納品される。

ゴードンが大臣を誘うように操舵部へ連れて行く。大臣が「出港」と言いながら、車のようなスターターボタンを押すと、全ての電源が入った。エンジン音がしないまま、艦は細長い浦賀湾内をゆっくりと動き出した。左手の叶神社の石灯籠の前には、海上自衛隊120名の乗組員が居て、嘗ての自分達の艦の新たなる船出を、帽子を振って見送っていた。
元艦長が敬礼して応えたので、大臣もモリもゴードンも慌てて真似をした。

前方から、同じあぶくま型の護衛艦がやってきた。甲板部にはやはり120名ほどの乗組員と艦長が整列し、敬礼の姿勢をしながらすれ違う。入れ替わるようにこれからドックに入り、この艦と同じように改修作業に入る。乗組員達は新造中の護衛艦に乗船することになる。今後、海上自衛隊のあぶくま型護衛艦は、全て無人艦となる。

500m程度の浦賀湾を出て東京湾内浦賀水道に入ると、エンジンの振動を感じた。ディーゼルエンジンが稼働したのだろう。湾内はバッテリーだけでスクリューを廻していた。さほど充電されていないバッテリーが無くなり、エンジンが稼働してバッテリーへ充電を始めた。この艦は世界初のハイブリット駆動のAI艦だが、おそらく自衛隊はHP上の仕様を更新しないだろう。
バッテリーへ蓄電するためのエンジンなので、充電が完了すれば、いずれ停止する。最大船速の際はエンジンとバッテリーの2重奏となるが、速度は外洋に出て試してみないと分からない。理論上、今までよりは早いはずだ。
「静かなエンジンですね・・」大臣に言われて、元艦長と言うか、名義だけの艦長がニッコリ微笑みながら頷いた。充電状態なので低振動なのだろう。
エンジニアを残して艦橋を出る。艦橋の4角には大型の新型レーダーアンテナが付けられていた。一見、イージスシステムのようだが、AI通信用のものだ。横須賀のデータセンターのAIシステムと、衛星を経由して連動している。今はコース設定された通りに、最初の寄港地である横浜港を目指していた。そこでエンジニア以外は下船する。

嘗て120名の船員室があったスペースは、全てミサイル発射台に置き換わり、まや型イージス艦を圧倒的に上回る弾頭数を保有していた。乗員の居住スペースがそもそも要らなくなるので、その代わりにミサイルポッドを敷き詰めていた。火力的には大型巡洋艦並の弾頭数を誇る。
ハープーンミサイルや対空ミサイル、機関砲などの武器を実際に使う際は、人為的に指示を出さねばならないが、攻撃指示以外は全てAIが判断して艦を操舵する。また、遠洋漁業船舶と同じ海洋ソナーで常に海底を捜索していた。浅瀬で座礁したり、潜水艦などの障害物にぶつかったりしないようにする為だ。日本周辺域のデータは10隻の遠洋漁業船によって既に収集済だが、海底は地震や火山活動で変化している可能性があるので、常にデータを取得し、横須賀のシステムへ送っていた。この海底データを集め、航行上の障害となると判断されると、国土交通省から各社へ通達が送られる。国籍不明の潜水艦が発見されれば、当然ながら海上自衛隊が哨戒機を飛ばす。その前に艦尾にあるヘリが真っ先に飛ぶ。最新のドローンヘリが1機乗っていた。諸島部に飛んでいる運搬用ドローンよりも大型で、ミサイルランチャーと機銃が付いていた。対潜ソナーを海域に投下して、ボディ部には魚雷を多数搭載しており、対潜ヘリの役割も担う。重量があるのでジェットエンジンも運搬用ドローンより一回り大きなものが付いている。この重量であっても運搬用ドローンの倍の速度が出る。簡易的な操縦席もあるが普段は乗員が居ないので、指示された通りに飛んで、指示が下されれば、相手を攻撃する。
本艦は、間違いなく日本最強の艦船といえる。2000トンクラスのフリゲート艦サイズでありながら、イージス艦を越える火砲能力と性能を備えている。改修費用だけだが、イージス艦の千分の1のコストで済む。費用はプルシアンブルー社が負担しているが、22年度予算を確保して購入して貰うつもりでいた。同型あぶくま型の14隻を3年かけて改修して、海上防衛能力を底上げするのが目的だ。無人艦なので最前線の海域に優先配置され、日本領海内の防衛を担う。しかも14隻の1700名が、新造艦へ配置転換できてしまう。

「凄いですな。イージス艦に勝てますでしょうか?」大臣がゴードンに聞く。艦船同士の戦いであれば楽勝だろう。船舶自体は小さいので船速も機動力も、圧倒的に早い。しかも、イージスシステムよりも速く稼働する。搭載しているシステムは最新だ。イージスは既に枯れた古いシステムと言える。応答する横須賀データセンターは、世界最速の日本製スパコンを利用している。それもあって、ゴードンは大臣の質問とは異なる言い回しをした。

「AIファントム10機ぐらいと、模擬戦をやってみてもいいかもしれませんね。結構いい勝負になるのではないでしょうか」

10機と聞いてギョッとした。そんなに防空能力が高いのか、この艦 と思った。でも、それって、サミアと夫婦喧嘩するってことだろう? と思った。

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朝鮮半島の38度線板門店に、やせ細った人々が列をなしていた。兵士が名前を聞いて書き留める。韓国側の建屋に入ると、顔認証システムの前で暫く停止する。問題なければそこで番号札を渡されて列へ並んだ。番号札順にマイクロバスに乗せられると、簡易宿泊施設まで移動していった。家族ごとに宿舎に入ると、ボランティアの人たちが粥を持ってきてくれた。「助かりました。ありがとうございます」そんな喜んだような泣き顔を、ボランティアの人々は数多く見ることになる。
中国国境側でも同様だった。中朝友好橋の上には、何千人もの北朝鮮の人々がいた。丸腰の韓国兵が38度線と同じように受入れて、マイクロバスに乗り込ませると、宿泊施設まで移動していった。

暫くの間、彼らは北朝鮮へ帰る事はないだろう。両国への国境には次第に北朝鮮の人たちが集まってくるようになるはずだ。「中国と韓国に行けば保護してくれる」そんな話が北朝鮮内に拡がりつつあった。
アメリカの試算では1000万人近い人々がやってくるはずだった。それも、この冬の間に。

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米国大使館を出て、赤坂見附駅方面に向かって歩いてゆく。
通りをスレ違う人に、顔をまじまじと見られて気がついた。「おっと、眼鏡を忘れてた」と顔に手を当てた。考え事をしていて忘れていた。鞄から眼鏡ケースを取り出して慌てて掛ける。
太朗に譲った眼鏡と同じものだった。彼はこの眼鏡に慣れただろうか、と、息子でありながらまだ三人称の扱いを続けている自分に笑った。30数年間、お互いが親子だと知らなかったのだから、無理もないのだが。
カムラン湾で英国空母に乗り込むエンジニアを送り出してくれたというから、きっと眼鏡を掛けていたのだろう。空母で紅海を航行中のエンジニア達と、先程まで会話をしていたのだが、3人共、太朗の話題に触れもしなかった。お互いこのフレームの眼鏡をかけると、何故か雰囲気がガラッと変わる。太朗に試した際に、こんな所まで一緒なのかと思ったほどだった。

横断歩道を渡ろうとして引き返し、呑むことにした。久しぶりに自分の店に行こうと考えた。店内に入ると驚いたことに元店長がカウンターの中に居た。お互いが唖然とした顔をしていた。「私、半年ぶりなんですけど・・」玲子が笑顔を浮かべる。
「それは奇遇だね」そう言われれば、自分もその位かなと思う。いや、前回来たときは、玲子はもう本社に移っていた、と思い出した。
自分の定位置に鞄を置いて、コンビニのような冷蔵庫から地ビールを取り出し、ナッツの袋を取ると席に戻った。玲子が居るなら、ツマミは勝手に出てくるはずだ。
グラスにビールを注いで飲み始める。そこで店内をゆっくりと見渡した。
この店舗に一番愛着があった。富山と金沢の方がオープンしたのは先だが、議員になって初めて開いたのがこの店で、全ての事業がここから始まっていった。全国のスーパーへの納品も、秦野に2つ目のパン工場を持ったのも、去年の今頃はコロナ全盛期で、台北、北京、香港ぐらいしか航空路線が飛んでいなかった。そこで、台北と北京に店舗を開いた・・
それが、丁度一年となる来週、中国でネットスーパーをオープンするにまで至った。なるほど。今日は邂逅に浸りたかったのかと、思わず笑った。

「はい、湯豆腐と氷見の寒ブリです」玲子がそのまま向かいに座った。

「おいおい、店はいいの?」

「今日は勝手に来たんです。だから、これでいいんです」
そう言って人のビールを勝手に注いで、乾杯しようと持ち上げた。

「視察か・・やな副社長だね・・」 グラスを重ねて鳴らした。

「抜き打ち検査のつもりだったんですけどね」 
そう言ってグイッと飲むと、立ち上がってビールを取りに行った。その後ろ姿を目で追う。この子と出会って6年になるのかと思った。女子高生と教師が、今では義理の親子になった・・
玲子が席に戻ろうとしてビールを持ったまま硬直した。その視線の先を追うと、杏と樹里がいた。一体今日は何なんだと思う。3人がテーブルに集まってきた。「怪しい、なんで2人一緒なの?」杏がニヤニヤしながら言う。

「たまたまだって・・大使館の帰りにふらっと立ち寄ったら、居たんだ」

「へー、たまたまなんだ」樹里が立ち上がって、飲み物を取りに行った。

「まぁ いいじゃないの。こうして揃ったんだから飲みましょう、今夜は」
玲子がそう言って、杏が頷いた。

サチが居たら、もっと良かったのにと思った。そう、こうしてこの店から全てが始まった。4人は懐かしむ訳でもなく、今後の話ばかり話していたが。

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PB MartとPB Motor、プルシアンブルー・エアが3社連名で、ネットスーパー事業を中国で行うと発表した。
ネットスーパー自体は特段新しいものでは無いが、配送方法が革命的だった。商品の配送は各都市に設けられたPB Martの倉庫から配送する。各家庭に届ける手段は2種類で、小型AIドローンで届けるか、PB Motorが開発した運搬専用バンでドライバーが配送する。この専用バンは、/suzuとVo/voの新開発ディーゼルハイブリッドエンジンを搭載していて、リッターあたり実走30キロ以上の燃費を誇る。
各都市の倉庫間の運搬は、新開発の運搬用AIドローンが行う。これはフリゲート艦に乗っているヘリコプターと同じサイズだった。流石に兵器は積んでいないが、飲料やコメなど、かなりの重量の品物でも搭載可能だ。魚雷をしこたま積めるのだから、それも当然なのだが。

PB Motorとプルシアンブルーエアの新開発の製品と、ITシステムを組み合わせてネットスーパー事業を支えてゆく。この仕組み自体を、物流会社や各種流通業にも提供するという宣伝も兼ね備えている。車両もバンだけでなく、小型トラックから大型トラックまで用意して、多様な物流ニーズに対応出来るようになっていた。
このディーゼルハイブリッドエンジンは、/suzuの特許で、今は大型車両向けだが、今後は小型車にも搭載できるものを開発してゆく。フリゲート艦と同じで、ディーゼルエンジンを発電用エンジンとして使い、蓄電池に充電してゆく。走行時はモーターを動力源とする。エンジンの排気量を上げて、蓄電池を大型にすれば、バスやダンプカーにも使える。小型化すればその逆だ。
このエンジンシリーズを、各エンジン車両に載せていく。

ドローン配送と燃費向上車両の2つのテクノロジーの完成を待って、ネットスーパーに乗り込んだ。それが中国で注目されているPB Martだったので、大きく取り上げられた。これまで、各都市から出店の要請が来ていたが、店舗ではなく、ネットスーパーで中国全土へ提供してゆく形をとった。
ラオスの食品工場が稼働して、商品の供給能力が大幅に向上した。ベトナム、ウクライナ、イラン、そして日本からも商品を届け、価格も店頭よりも安い値段設定とした。
真っ青な塗装のバンが街を走り、同じ色のドローンが空を飛ぶ。
アメリカブランドが驚くべき値段で買うことが出来て、ウクライナの食肉、野菜、乳製品が揃い、日本から養殖マグロが届けられる。ビールは中国よりも安い、ウクライナとラオス、イランのビールが購入できた。
春節前を狙っていたのもあった。CMなどもせずとも、至る所で青い色のバンやヘリを見ることが出来た。

システムを作り上げたエンジニア達が上海の事務所で数日間滞在し、状況を見守っていた。その報告をリモートで聞いていた。こういったプロジェクトが簡単に立ち上げるのを見ていると、EUでも出来るのではないかと思ってしまう。問題はAIドローンを飛ばせる国かどうかだが、飛ばせない国は陸上輸送するしかない。その、コスト比較次第での判断かな?と考えていた。

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平壌空港へ到着するなり、IAEAの査察団は中国軍のヘリに乗って栄光郡へ向かうと告げた。ここまで協力の姿勢を見せられると、北朝鮮外交官2人には手の出しようがなかった。外交官達も聞いていなかったが、4機のヘリが中国の大連からやってきて、待機していた。パイロット、同乗の中国軍兵士も、視察団と英語でやり取りをしていた。

向かっている先がどこだか分かると、外交官は慌てだした。どうして知っているのか?どうやって知ったのか?日本占領下に、日本企業が所有していた鉱山の廃坑跡へ着陸してゆく。しかし場所の特定は出来ても、入口はここではない。2人は目で会話しながらお互いを宥め合っていた。まだ大丈夫だと

先行して降りたヘリに乗っていた中国兵が何やら仕掛けていた。それを遠巻きに眺めていたら、ボン!と音がして坑道への入口が開かれた。自動小銃を抱えて、軍人達とイギリス人3人が一斉に入っていった。もうダメだ。ここまで把握していたとは・・2人の顔は青ざめていた。
爆破した坑道を進んだ先には広大な空間が拡がり、そこで密かにプルトニウムの開発と製造を行っていた。20人近い中国の兵士とイギリス人が後を追うように一列で坑道を突き進んでいく。

坑道入口では、外交官に4人の兵士が近づいてくると「念のためだ、言うことを聞いてほしい」と、空港に迎えにきただけの2人を後手にして手錠をかけた。これで、携帯で連絡することも出来なくなった。
中にいる技術者達は無防備だ。武器の携行はしていない。

坑道へ入っていった兵士から連絡を受けたのだろう。トランシーバーで会話を終えると、アメリカ人とIAEAの職員全員も、坑道内を進んでいった。

この場所は原生林から入り、鉱山横から掘り進んだトンネルから入るようになっていて、探査衛星では分からないようになっていた。今では場所の特定が出来たので、その原生林へ向かう車輌などの調査を、事前に衛星で監視していた。幸いだったのは核弾頭の製造までは至らなかった事だ。まさに不幸中の幸いで、アメリカは調査が終わり次第、この山ごと潰すつもりだった。

拘束した科学者達は既に自白剤を飲まされ、虚ろな目をしたまま話していた。尋問をしているイギリス人達は朝鮮語が話せるMI6のメンバー達だった。アメリカ人に注意を惹かせた手順は成功した。CIAが全てではない。スパイの元祖はイギリスだった。科学者達から聞き出し、場所の特定ができると中国軍に伝えた。ここからさして離れていない場所だった。
MI6と中国軍人の乗った3機のヘリが、次なる場所の制圧へ向かった。核弾頭の分散管理もしていなかったのはついていた。後、30分ほどで朝鮮半島における危機は払拭されるはずだ。

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まだ10時前だった。議員宿舎に居たモリは、アメリカ大使から「核弾頭全弾確保に成功」と連絡を受け、そのメールを防衛大臣だけに伝えた。まだ、世間に晒す情報ではない。

北朝鮮入りして、僅か数時間で、手順をあっけなく成功させてしまうアメリカという国に、恐怖を感じた。敵に回すと厄介な連中だと改めて思った。
北朝鮮側は今この時、核が奪われた事を知っているのだろうか? 恐らく、中国内に運ばれて、IAEAの管理下にあるのだろう。国境側だったからこそ、この迅速な対応で、この時間なのだろう。
今頃、平壌沖にはアメリカの原潜が浮上し、韓国の米軍基地からは早期警戒機が飛び立っているのだろう。いきなり喉元に刃を突きつけられた格好の北朝鮮は、これからどうするのだろうと思いながら、部屋を出る。こちらもこれから大一番が始まる。

宿舎の駐車場から車を出すと、首都高から中央道へ乗り込み、横田基地へ向かった。

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平壌には1機のヘリが向かった。3機のヘリはMI6の3人と科学者達乗せて飛び立った。その1機のヘリには、IAEAの2人が乗り込み、19発の核弾頭をそれぞれジュラルミンケースの中の硬質スポンジケースに締めていた。中国の国境へ渡ると、そこに危険物を運ぶ専用車両が用意されており、待ち構えていたIAEAのメンバーが車両に移し替えた。MI6と中国保安局が専用車を護送する車両に乗込むと、バイクに先導された一行は丹東空港へと向かった。

平壌に戻った1機のヘリは、3人のアメリカ人と2人の手錠をされた北朝鮮外交官と中国の将校2人が乗っていて、迎賓館前の庭へ不時着した。実に無礼な振る舞いで北朝鮮軍人が怒鳴り声を上げながら近寄ると、外交官の首筋に銃を構えながら将校が、朝鮮語で何かを告げると。黙って先導を始めた。ヘリから降りた7人はそのまま迎賓館に入り、蒼白な顔をしている外交官の手錠を外し、応接間で待機していた北朝鮮側に英語で言い放った。

「大変申し訳無いが、情報は隠蔽されていたらしい。我々は落胆している・・技術者とその施設にいた関係者は全員拘束させていただいた。また、彼らから英孝郡の核弾頭の場所も聞き出し、IAEAと中国軍によって、中国国内へ移動させていただいた。そして、ここからが最も重要だ。よく聞いていて欲しい。既にあなた方の手には、核弾頭は一つも残されていない。アメリカ、イギリス、中国の3カ国は、あなた方が求めるならば、あなた方全員を迎え入れよう、どうかよく考えて欲しい・・」

北朝鮮労働党へ食糧を配給するのは「偽り」であるとして、更に告げた。

「君達はこの冬を、労働者が誰も居なくなった国で過ごすことになる。党員と軍人の顔写真と名前は、全て我々は把握している。君達の家族は脱北できる可能性はあるが、党員と軍人はどう変装しようとも、物理的に国境を越えるのは不可能だ。従って、もはや諦め亡命をする選択を取った方がいい」
アメリカ特使は席上そう言い放った。
核が手元に無いのが事実ならば、最早お終いだった。平壌沖にはアメリカの潜水艦が2艦浮上し、早期警戒機が38度線を越えて、北朝鮮東部沿岸を飛んでいるという。キム一家の脱出経路も既に断たれていた。

政府が何よりも必要なのは食糧だった。我々交渉団は、食糧が齎される為に核査察を受け入れ、もう核は作らないと嘘をつき、見返りの食糧を要求する役割を担っていた。
それが、秘密の開発拠点を抑えられ、科学者達は連れて行かれ、虎の子の核弾頭まで持ち運ばれてしまった。我々は交渉する前から、道を断たれてしまった・・確かにこのアメリカ人の言う通り、選択肢は一つしかないだろう。

食糧がなければ、約1000万人居る党員と軍人は1ヶ月と持たない。
確かに見限るのは今しかない・・しかし、残された家族はどうなる。北朝鮮の交渉団は全員が同時に思い悩んでいた。しかし、核が無ければこの国は終わりだ。キム一家以外にとっては、もはや脱北者になるしか道は無かった。

ーーーー

アメリカの交渉団が平壌にいた頃、モリは防衛大臣と自衛隊関係者と共に横田基地に居た。韓国での訓練内容をリモートで見るためだ。岐阜基地から飛び立った5機のAIファントムが、V字編隊で飛んで行た。それをF2戦闘機・日本製F16の2機が、少し離れた所から撮影していた。
日本海へ出ると、F2の2機は旋回して石川県小松基地へ降りて行った。同時に民間機と併用の小松空港から飛び上がったT4訓練機5機が、ファントムに追いつくと、後方で同じように逆V字を作った。

「人間のほうが乱れますね・・」空幕長が指摘する。確かに、細かく小刻みにV字が揺れる。しかしファントムはビシッと微動だにしない。

間もなく韓国内に入る手前で、T4は空中旋回をしながら、ファントムがコントロール不能になった際のサポートに入った。自衛隊員は実に律儀だった。領空侵犯は絶対にしないという気概を見せていた。空幕長が苦笑いしている。「パイロットには、この訓練を見るだけでも、いい経験になるでしょう」防衛大臣が言うので、そんなものかな?と、分からないまま頷いた。

「今度は、人間同士でやりましょう」横田基地の司令官が日本語で言った。それは笑い返すしかなかった。申し訳ないが、憲法違反になってしまうのでダメだ。

レーダーに韓国のF16、5機が迫ってきた。いよいよ交戦だ・・全員が見守っていた。ファントムが一斉に放射状に散った。なんだ?と思った。

「韓国機が一斉にミサイルを発射したので、散開したのです」
空幕長が説明をしてくれた。実際にミサイルを発射したわけではなく「ロックオンされ、発射装置が稼働した」とレーダーが察知したのだと言う。

「ファントム、全機セーフティゾーンへ離脱! ミサイル回避に成功!」
横田の管制官が英語で言うと、おおっ、と全員が声を上げた。

今度はファントムが2手に別れて、左右のF16へ襲いかかろうとしていた。

「早い・・」空幕長が呟いた。

「韓国機3機被弾!撃墜!」管制官が嬉しそうだ。堕ちたのはアメリカ製のF16なのに・・

驚いたのはその後だった。3機の後ろにいつの間にか隠れていた2機が急上昇してあり得ない旋回をして、残りの韓国機2機を背側面からロックオンした。・・この戦い方は、まさか!・・

「ゲームオーバー! 圧倒的だ、凄い!」 管制官が絶叫した。

「バルカン砲だけだぞ、誰がこんな戦い方を教えたんだ!」

空幕長が叫ぶのを聞いて、急に背筋が寒くなった・・いいや、あり得ないって。たまたまだって・・

「続いて、アメリカ機 F22、V字編隊で来ます!」
・・管制官殿、今F22って言った? F15EXじゃなかったっけ?・・

モニターに写っているのは、紛れもないアメリカ空軍の最強最新鋭機だった。F15が140回に1度しか勝っていないという戦闘機だ。韓国空軍もF22にはまだ一度も勝ったことがないと聞いている。どうしてF22なんてぶつけてくるんだ、卑怯だろうと思いながら、司令官を睨む。私は在韓米軍じゃないよ、みたいな顔をして両手を上げて首を左右に振った。いくらなんでも、勝てっこない。第5世代のステルス最新鋭機に対して、アメリカ軍では退役している第3世代の旧モデル機だ。

相手の物凄さを知らない2世代も古いファントムは、健気にもV字編隊を組んだ。涙が出そうだった・・
AIに今回認識させているのは、F16とF15EX、もし万が一を想定して、F35になっている筈だ。そもそもF22なんて日本側にデータすら無い。「おい、無理すんなよ・・」もはや、祈るしかなかった。

防衛大臣も空幕長も急に真剣な顔つきになった。2人共、勝てると思っているのだろうか?不思議なもので、2人の顔を見たら少しだけ元気が出た。

手に汗握る大一番が、始まろうとしていた。

(つづく)

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