スポーツ大国のあやうい未来(2013年)


 2011 年に死去した金正日総書記の統治スタイルは「音楽
政治」と言われた。総書記には「音楽芸術論」という著作
もある。音楽を政治に取り込み、思想教育に役立てた。
 一方、息子の正恩第1書記は、「スポーツ政治」を目指し
ているようだが、あやうさもはらんでいる。

 正恩氏は、今年8月以降、夫婦そろって国内で開かれる
スポーツ大会を観戦する様子が朝鮮中央テレビでひんぱん
に放送されている。北朝鮮国内でのスポーツ番組の生中継
も、3倍のペースに増えているという。
 北朝鮮の労働新聞は今年10 月、来年、ロシアで開かれる
ソチ冬季五輪に関する詳細な記事を掲載し、参加に関心を
示した。

 北朝鮮当局は最近訪朝した人に対し、平壌にある少年向
けのサッカー学校を見せている。自慢の施設なのだろう。
ここで優秀な成績を収めた選手は、スペインに留学させて
いる。

 北朝鮮のメディアに「体育強国」というスローガンが目
立ち始めたのは、昨年からだ。
 昨年夏のロンドンオリンピックで北朝鮮は、当初の「メ
ダルゼロ」の予想を覆し、金メダル計4個を取る成果をあ
げた。

 北朝鮮メディアは、「世界の耳目を集める輝かしい成果」
と活躍を報道した。
 メダルを取った選手は、世界中のメディアが注目する中、
「第1書記のおかげです」と体制を称賛した。正恩氏は気分
が良かったことだろう。

 北朝鮮は五輪の金メダル選手には、現金による報償があ
るほか、同国では手に入りにくい冷蔵庫、自動車などを与
えている。逆に、期待されながらメダルを獲得できなかっ
た選手やチームは強制労役に動員されることもある。

 サッカーの北朝鮮代表が93 年のW杯予選後、98 年まで
国際舞台から姿を消したことがある。予選で日本と韓国に
敗れたことに金総書記が激怒し、選手やコーチを工場や炭
鉱送りにし、対外試合を禁止したためだとされる。

 さてロンドン五輪での成功の後、北朝鮮は国家を上げて
の体育強国実現に乗り出した。正恩氏が「スポーツに力を
入れろ」と指示を出したのだろう。
 まず昨年11 月4日、朝鮮労働党が同国のスポーツ政策を
統括する機関として「国家体育指導委員会」の新設を決め、
委員長に金正恩の叔父、張成沢国防副委員長を任命した。
張氏は、正恩氏の側近で、ナンバー2の人物だ。力の入れ
方が分かる。

 委員会には中央党秘書、部長、副総理、副総参謀長など
党、国家、軍隊の幹部が網羅された。
 すでに体育省があるにもかかわらず、軍の幹部まで動員
して、あえて新しい組織を作ったのには訳がある。
 スポーツを政治に役立てた典型的な例は、1936 年8月に
ナチス独裁政権の下で開かれたベルリン・オリンピックだ。
ドイツは金・銀・銅いずれも30 個を超えるメダルを獲得し
て、ナショナリズムを高揚させ、3年後にヒトラーは第2
次世界大戦を開始する。

 核実験やミサイルの発射によって国際的な制裁を受けて
いる北朝鮮が、戦争を起こそうとしているとは思えない。
そんな余裕はないし、経済的な停滞が続く自国の現状は知
っているだろう。

 経済改革が思ったように進まないなか、国内でスポーツ
を振興させ、住民の不満をそらそうとしていると見るべき
だろう。

 この委員会ができたあと、北朝鮮国内には体育館、スキ
ー場、室内プール、乗馬クラブ、アイススケートリンク、
ローラースケート場が相次いで完成している。もちろん
120 万人の軍人が動員されている。
 また独自のスポーツウエアの開発も進めていることが北
朝鮮からの報道で確認されている。

 北朝鮮は1992 年3月8日、故金正日総書記の指示で毎月
の第2日曜日を「体育の日」と定め、体育の大衆化、生活
化を奨励してきた。
 さらに8、9月は同国の「人民体力検定月間」となって
いる。「広範な勤労人民大衆を多様な体育活動に積極的に参
加させ、彼らを労働と国防に寄与できる壮健な体力の所有
者に育て、社会に大衆的な体育の雰囲気をつくる」ことが
目標だという。

 この路線の延長で、他国とのスポーツ交流にも力を入れ
ている。11 月1日、日本体育大のバスケットボール部やサ
ッカー部などの選手62 人がスポーツ交流を目的に北朝鮮
に遠征した。

 国会会期中に北朝鮮を訪問したアントニオ猪木議員も、
スポーツ交流が目的だった。
 猪木氏が理事長を務める「スポーツ平和交流協会」の事
務所を開設した。
 張氏は猪木氏に対し1995 年に平壌で開かれた「平和のた
めの平壌国際体育・文化祝典」(平和の祭典)のようなもの
検討していると話したという。体育強国の最終的な目的は、
国内で大規模な競技大会を開き、海外からの観客を招くこ
とにようだ。
 ただ、平和の祭典は大赤字で終わり、北朝鮮の経済危機
の原因の1つになったと言われている。
 正恩氏は、そのことをきちんと知っているのだろうか。

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