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【エモいと思ったとこ】葬送のフリーレン2周目、第11話~第15話エグいて

前回に引き続き、原作未読のアニメ「葬送のフリーレン」の視聴2周目の個人的にエモいと思ったところを綴るやつの3本目です。ネタバレがあるので未視聴の方はブラウザバックを推奨します。それでは、行きましょう。


3.2周目で抽出したエモいところ

3-9.第11話、第14話=死者と精神的につながれる信仰

旅の途中で出会ったエルフの武道僧モンク、クラフトはフリーレンより遥か前に偉業を為したパーティの一人でした。残念ながら、途方もない年月の経過によって相方の僧侶アゴヒゲも含めてそれを知っている者は死に絶えました。おそらく戦士だった頃のクラフトは女神様を信じておらず、アゴヒゲの死後、彼を忘れないために武道僧となって祈りはじめたのだと思います。今となってはアゴヒゲとつながる唯一の手段だからこそ、女神様がいてくれなければ困るのでしょう。クラフトをそうまで変化させた深い関係性がアゴヒゲとの間にあったことが伺えます。

このことは、フリーレンとハイターの関係によく似ています。フリーレン自身は女神様も天国も懐疑的だと言うほど信仰心がありませんが、ハイターがその有無に関わらず存在すると信じていたことは尊重しています。そのおかげで(彼はいま女神様の元に行って褒めてもらっているのだろう)とか(彼は天国で贅沢三昧やっているのだろう)とか、たとえ想像上であっても死者との精神的なつながりが感じられるのです。確かに、女神様がいてくれた方が何かと都合が良いではありませんか。

3-10.第12話=不器用な師匠

剣の里において、ヒンメルは勇者の剣が抜けなかったことが明らかになります。しかし、その事実は隠蔽されていました。里側が魔物の討伐依頼を他所の冒険者に出さなかったのは、ヒンメルの英雄としてのイメージに傷がつかないようにするためでしょう。これを80年ほど続けるとは、何とも義理堅い里ですね。

さて、第12話の見どころはシュタルクの誕生日イベントです。アイゼンは喧嘩別れしながらもシュタルクのことをずっと気にかけていました。そのことを象徴しているのが馬鹿みたいにデカいハンバーグのレシピです。直接言わなければいけないことは分かっているのに、面と向かっては言いづらくなってしまったのでフリーレン誰かを通してでしか気持ちを伝えるしかなかったアイゼンは何とも不器用な師匠ですね。

不器用な師匠と言えば、フリーレンも人間の弟子フェルンがいる意味では現在進行形でアイゼンと同じ立場にいるんですよね。第3話では、フェルンのことで色々と思い悩んで誕生日イベントを催しました。その経験から、アイゼンの不器用さに共感しつつも「馬鹿だよね、思いってのは言葉にしないと伝わらないのに(言えるうちに言っておかないと、いつか必ず後悔することになるよ)」と、フリーレンの方が人間を知っているような言葉がこぼれたのには、なかなか心にくるものがありました。

3-11.第14話=久遠の愛情

フリーレンがヒンメルから鏡蓮華の指輪をプレゼントされるところは、1周目でも印象に残ったほどの名場面です。個人的にひっかかったのはその直前のシーンで、フェルンから鏡蓮華の花言葉 "久遠の愛情" を聞いたときのフリーレンのリアクションです。「そう、知らなかった。どうでもいい、ヒンメルもそんな花言葉知らなかったと思うよ」と顔を背けて、突き放すような言い方をしています。

この時のフリーレンの気持ちを、自分は次のように解釈しました。(あんな大袈裟なパフォーマンスをしたくらいだから知らないわけがないんだよね、なんでその時にちゃんと言葉で言ってくれなかったんだよ、何も知らなかった自分が馬鹿みたいじゃないか)と、恥ずかしさや悲しみ、苛立ちがごちゃ混ぜになった感情に襲われているように感じられたのです。この時のフリーレンの表情は見られませんでしたが、声色から察するに複数の感情が交錯して真顔に近いものだったでしょう。この情緒は、何とも形容しがたい感動を自分に与えてくれました。

仮に、この指輪のシーンを誰にでも分かるような感動の演出にするとしたら、ヒンメルに鏡蓮華の花言葉も、自分の気持ちも何もかもセリフで説明させたでしょう。でも、それは露骨すぎてウソ臭いものになるに決まっています。ここまで14話も見てくれば、ヒンメルがそんな不粋なマネはしない性格であることくらいは分かっているはずですからね。現に、何も言わなくてもヒンメルの気持ちは十分過ぎるほどに伝わってくるじゃないですか。

ところが、今のフリーレンの中では「思いってのは言葉にしないと伝わらないのに」っていう気持ちが対立するんですよ。これは、ヒンメルが言葉で伝えるよりもカッコつけることを優先したために招いた混乱です。そのせいで、フリーレンは言葉以外の部分からヒンメルの思いを自分なりに汲まなければいけなくなってしまいました。

このように、視聴者サイドは原作が残してくれたその余白フリーレンの受け取り方を自分の心の振れ幅ですくい取って補完して、より複雑化した高レベルな感動を味わうことができるわけです。そういう意味では、とてもナイスな演出方法だったと思いますよ。

ナイスな演出方法

この回想以降も、フリーレンは鏡蓮華の指輪を通していません。おそらく、天国でヒンメルと再会した時に「あの時はよくもやってくれたな」って感じで思い出話に花を咲かせているどこかのタイミングで取り出すんでしょう。ヒンメルにとっては、フリーレンが自分のことを覚えていてくれて、知ろうとしてくれていただけでも感激なのに、プレゼントした指輪まで見せられたら感情が大きく揺らぐことは確実です。

それで、もうここからはウィニングラン暴走する妄想です。フリーレンがもう一つ別の鏡蓮華の指輪をおもむろに取り出してきて、ヒンメルがやったように右手薬指に通してプレゼントするわけですよ。やられっぱなしでは面白くないからやり返す。まだヒンメルの痕跡だけしか辿っていないフリーレンが左手薬指を選ぶなんてことは考えられません。それは、すっ飛ばしてはいけない本来あるべき段階を経てからの話です。

( 'ω' ).。oO( これでやっと借りがチャラになるんよ

そうは言っても、実際にどの指に指輪を通すのかを決めるのはその時のフリーレン次第なんですよね。フリーレンが旅の途中でヒンメルのことを、人間をどれだけ深く知ることができたかによって変わってくるでしょう。一体ヒンメルはどんなリアクションを見せてくれるのか…… こう考えておくと今からどんな展開を見せるのか楽しみですね。

3-12.第15話=人間のマナー

オルデン家に滞在した際に、フリーレンが人間のマナーをかじっている描写が見られました。それはティーカップの持ち方です。カップの取っ手ハンドルに指を通して飲むのはマナー違反で、基本的に右手の人差し指・中指・親指の三本でつまむ(薬指と小指は中指の下側に順に並べる)ようにして持つのが良いとされています。その方が美しく指を見せることができる意味合いもありますからね。第15話では、わずか数秒ながらフリーレンがティーカップを持っているシーンが2つありました。

1つ目のシーンは、フェルンとのアフタヌーンティーっぽい席でした。ソファに座りながらローテーブルに置かれていたはずのお茶を右手で飲み、ソーサーを左手で持っていましたよね。調べたところによると、カップが置かれた場所が口元から遠い位置にあるときにソーサーを左手で持つのもマナーらしいです。

もう1つのシーンは、魔導書(?)を読んでいるオフでした。同じソファに座って、足を組みながらカップのみ左手で持っていたので、明らかに人の目を気にしなくていい状態での飲み方だと分かります。これら2つのシーンを対比させることによって、フリーレンは意図的に所作の使い分けをしていることが分かるわけです。一つもセリフがない描写でしたが、人間のマナーを勇者パーティで冒険をしていた時に必要に迫られて身に着けていったものと考えると、過去にどんなエピソードがあったのか想像力を刺激させられますね。

( 'ω' ).。oO( 第15話は混沌花戦でザインがハイターの言葉で命拾いしたところもエモいんだけど、それを上回ったんよね

第11話~第15話は重量級のエモいシーンが連続していて、エモいと思った理由をかみ砕いて言語化するのに時間がかかりました。他にも、見落としているところがあると思いますが、それはまたあるか分からない3周目でやろうと思います。第16話以降の感想は、またこれとは別のnoteにアップロードすることにしますよ。

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