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【祝・藤井三冠誕生】勝負を決める意思表示 "▲9七桂"

2021年9月13日、藤井二冠は豊島叡王からタイトル叡王を奪取し、最年少三冠の記録を3年以上短縮する史上初の10代三冠(通算5期)を達成した。また、羽生九段があと1歩の所に迫っている最年少通算100期の大記録も残りわずか(?)95期に減らし、毎年コンスタントに五冠を20年ほど保持すると40歳になる頃には達成できる見通しとなった(普通に達成しそうで怖い)。

さて、両者2勝ずつで迎えた叡王戦最終第5局、どちらが勝利しても防衛か奪取かが決まる大一番の戦形は、他棋戦でも指しまくられている相がかりであった。勝負は手が進めば進むほど藤井二冠のリードが広がる通称「藤井曲線」を描く。最終盤にそれまで眠っていた8九桂が▲9七桂と跳躍、更には銀を取りつつ▲8五桂と二段跳ねし、最後は詰みに絡むという勝敗以上に強烈な印象を残して叡王戦は幕を下ろすことになった。AIはこの▲9七桂を最善手ではないと考えていたようだが、プロの目からすると ”遊んでいる桂を使うこの手は妥当だろう” と評価が分かれていた。

論理的な最善手はあるだろうが、実際はAIを相手にして戦っているわけではない。人はそれぞれ心を持っているし、また自分だけの美的感覚、いわゆる審美眼が備わっている。これが理のAIとは絶対的に異なる。だから、たとえば最速で勝利を目指す最善手よりも①相手の戦意をへし折る手、②虚を衝いて一時的な思考停止を誘発する手、③一発逆転の可能性を秘めた勝負手、④より美しい勝ち方にこだわる手を優先することが度々起こったりするわけだ。今回の▲9七桂はその類の1手だと自分は捉えている。

ネットニュースなどで早速採り上げられはじめたこの▲9七桂だが、過去にも似た1手があったことを思い出した。時は2017年にまでさかのぼる。

それは第76期順位戦C級2組7回戦▲藤井聡太四段ー▽高野智史四段戦で戦形は雁木だった。駒組が臨界に達して左翼での競り合いを経た117手目、藤井四段は8五香を取るために▲9七桂と駒台の桂を飛車の前方に打ったのだ。高野四段はこの手が見えていなかったそうで、以降の形勢は藤井四段の方へと一気に傾いていった。自分の記憶が正しければ、糸谷八段がこの▲9七桂をとても良い手だと言及していたような気がする。

戦形や戦況は全然違うのだけれども、勝負を決めにいく意思表示という点ではこの▲9七桂の意味合いは叡王戦第5局ととても良く似ていると感じた(自分が勝手にそう感じてるだけで、実際は違うかもしれない)。相手の攻め駒を攻めるこの手は①このまま放置すれば駒を取るよ?②でも焦って無理に攻めてくればカウンターで潰すよ?と手を渡し、時間がない中で迷わせる二重の意味を持たせた勝負術だ。

これが勝負手だった場合は、片方は自分の負けがよりハッキリするけども、もう一方なら奇跡の大逆転が起こるトラップだったりする。

観客からすれば「どちらかを選ぶだけ」に見える。でも、対局者からすれば「どっちを選んでもマズそう」とその局面で立ち止まる心理が働き、動きたいのに動けない金縛り状態に陥る。相手が格上の場合だと心理的な風下に立たされやすいので、尚更そうなってしまう。これが将棋を見るうえで面白い心理ギャップの一つだったりする。

これから藤井三冠をはじめ、プロの将棋を見る時はそういう風に想像を巡らせてみると楽しいかもしれない。個人的には、▲9七桂は1局の中では強烈に印象に残る1手として、また第6期叡王戦を劇的に締めくくるサヨナラホームランような1手として記憶に残った。

( 'ω' ).。oO( 勝負の綾は無慈悲な二択を迫られた時にこそ現れるのよ……

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