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しろくま
2023年12月11日 04:07
私は家族を愛している。家族もきっと、私を愛してくれている。この家に生まれたことが、最大の幸福であり、最大の不幸である。私と信仰私の家は、昨今話題にあがる新興宗教を信仰している。幼児期から、日曜日は教会へ通って礼拝を捧げ、教祖の出身国の言語を習った。週に一度、朝4時半に起こされて、安息日の儀式をした。教祖の自伝を音読し、「神様の愛を中心とした家庭」となるための長い宣誓を唱えた。食事の
2023年12月23日 07:12
私は薄い陶器の人形だ。中には何も入っていない。からっぽ。どこにも穴はあいてないから、中に物を入れることはできない。ただの冷たい洞窟が、陶器の皮膚によって私の形をとっているだけ。貯金箱のように、叩けばすぐに粉々になる。弱くて脆い。私は散らばった破片となって、そうしてようやく解放されるのだと思う。私は使い古された布の人形だ。中には、押し潰されて萎んだ綿が入っている。
2024年2月3日 04:35
樹になりたい。太陽の光を浴びて、ゆっくりと枝を伸ばし、葉を茂らせ、大地に根を張る。樹になれれば、長い年月のなか、痛いとも苦しいとも感じず、自然に身を任せて、あるがままに生きていけただろう。死にたいなんて、生まれてきたくなかったなんて、思わずにいられただろう。疲れたよ。毎日希死念慮に襲われて苦しい。もうやめたい。人間でいるのをやめたい。最近は、NHKのネコ歩きを観るたびに、猫になりた
2024年2月21日 05:07
保育園に通ってたころ、楽しかった遊びはなんだっけ。遊具で怪我をしたことや、仲間はずれにされたこと、その怒りや鬱憤を自分の中に収めたこと、周りと違うことをする恐怖。そんなものは、この歳になっても忘れられないのに。数えきれないほど、嫌なことがあった。それと同じくらい嬉しいこともあったはずなのに、嫌な思い出ばかり思い返して、笑顔になれたことは、どんどん記憶から薄れていく。美しいことを覚えてい
2024年3月17日 01:04
6月に死のうと決めた。高校生の母は、持病のため修学旅行で鳥取砂丘に行けず、誰もいないフロアの、誰もいない教室で1人自習をしていたという。うつ病になって一年目だったか。母がそう語るのを、私は布団の中で聞いていた。その時から、ずっと、母に鳥取砂丘を見せてあげることが夢だった。叶うかも分からない夢。明日自殺をしないなんて、どんなことをしても約束できない私。しかし、ビー玉越しに見る世界のような
2024年4月8日 03:30
6月になったら死のうと思ってたのに、絶対死ぬんだと決めていたのに。私も、こんなふうに鮮やかに中指を立てて、自分の鎖を断ち切りたい。それが許されるなら、その勇気を持てるなら、あなたに会えるなら、生きていける気がする。私は、この先を生きる覚悟ができていない。だって、今日一日の希死念慮をやり過ごすだけでも、精一杯なんだから。でも、いきたいな。米津さんのライブに行きたい。この曲が、私を生
2024年5月6日 06:56
後悔をしている。過去中学3年の時、父方の祖父母が立て続けに亡くなった。私は彼らに、何もしてあげられなかった。祖母は、その年の春から肺癌で入院していた。3月にあった、吹奏楽部の定期演奏会。その後に、「来年も絶対見にきてね」と、祖母と約束をした。約束は果たされることなく、3ヶ月後に祖母は逝ってしまった。火葬が終わり、遺骨を祖父母の自宅に連れて帰って、みんなで食事をした。寡黙な祖父が、