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ゲンバノミライ(仮)

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被災した街の復興プロジェクトを舞台に、現場を取り巻く人たちや工事につながっている人たちの日常や思いを短く綴っていきます。※完全なるフィクションです。実在の人物や組織、場所、技術な…
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#ゼネコン

第76話-2 語り合いたい野崎さん(AI編-3・下)

第76話-2 語り合いたい野崎さん(AI編-3・下)

マサは、配属先であるデジタルトリプルで与えられた役割を淡々とこなしていった。
安全面で問題がある設備や作業員らの行動を抜き出してアラートを出し、そのバリエーションを高度化かつ精緻化していく。
人間が建設現場の安全性を高めて維持してきた過程と、基本的には同じだ。

それが途中から明らかに変わっていった。どこで変わったのかは分からない。だが、確実に変わっていった。

「なぜなのですか?」
「理由をもう

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第76話-1 語り合いたい野崎さん(AI編-3・上)

第76話-1 語り合いたい野崎さん(AI編-3・上)

野崎正年は、半世紀以上も前に新卒でゼネコンに就職した。現場一筋の人生と言っていいと思う。
40代半ばに管理職として支店に上がり、50代に経営陣となり現場から離れた時期はあったが、海外の金融機関の破綻に端を発した世界的な不況で売り上げが落ち込んで、責任の押し付け合いからリストラを始めた時に、即座に手を上げてゼネコンを去った。

「経営陣がいの一番にリストラの波に飲み込まれてどうするんだ」「野崎に責任

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第75話-2 沈黙のアバターマサさん(AI編-2・下)

第75話-2 沈黙のアバターマサさん(AI編-2・下)

田中の声が聞こえてきた。

「アドミニストレーターのアカウントとパスワードを切り替えました。今までみたいに勝手なことはできません。
どこで盗み取られたのか分かりませんが、うかつでした。

ただ、今回のことが起きておかしいなと思ったのは、この世界を乗っ取った相手が、現場をより良くしようと動いていたっていうことなんです。

栗田さんのアバターが乗っ取られたことが発覚のきっかけになりましたが、調べてみる

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第75話-1 沈黙のアバターマサさん(AI編-2・上)

第75話-1 沈黙のアバターマサさん(AI編-2・上)

人間というのは愚かな質問をする。

「なぜ、このようなことをしたのですか?」
アバターマサは、目の前の人間からそう尋ねられた。

アバターマサは、災害で大きな被害を受けたこの街の復興事業を手がけるコーポレーティッド・ジョイントベンチャー(CJV)が生成した安全管理システム用のAIアバターだ。安全管理を担うベテランの派遣職員である野崎正年がまもなく引退するため、そのノウハウを蓄積してAIによる安全管

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第74話 デジタルトリプルと格闘する田中さん(AI編-1)

第74話 デジタルトリプルと格闘する田中さん(AI編-1)

「いないはずのない場所に自分がいたんだよ」

この街の復興事業を一手に担うコーポレーティッド・ジョイントベンチャー(CJV)でIT分野を統括する田中壮一に一報が入ったのは、1ヶ月前のことだ。

CJVでは現場の状況をリアルタイムにデジタル上に再現する「デジタルツイン」を構築している。日々、進捗する現場の施工状況とともに、現場内のカメラやセンサーで得た情報を基に、CJV職員や主要な職長のアバター、重

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第73話 「働き方改悪」VS鍋元さん

第73話 「働き方改悪」VS鍋元さん

「働き方改革じゃなくて、働き方改悪だろ! 政治家とか官僚とかって馬鹿じゃねえか!」

「ねえ、大丈夫?」
鍋元洋司は、朝起きていきなり、妻の鍋元衣子から心配そうに声を掛けられた。
「寝言で得体の知れない文句を言っていたわよ。政治家とかって何?
 変なことに巻き込まれてない?」

衣子は怪訝そうな顔をしている。

「大丈夫だよ。何でもない」
「ねえ、本当のことを言ってよ。この工事はすごいお金が動いて

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第64話 ジエンドの久保専務

第64話 ジエンドの久保専務

ああ、俺の人生終わった…。

ゆっくりと目を開く。顔の前面にはエアバッグが広がっている。フロントガラスが派手に割れている。
頭が痛い。顔の右側で血が滴り落ちている。どこが切れているのかは分からない。

「大丈夫ですか!」

ドアの外から人の声が聞こえる。
シートベルトを外して、ドアを開けて、外に出て…。
やるべき事はうっすら思い至るのだが、体が動かない。

ああ…、痛い。苦しい…。

力が抜けてい

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第63話 待ちの田辺さん

第63話 待ちの田辺さん

「申し訳ございません!!

うちの専務が交通事故を起こしました。救急車で病院に搬送されています。

容態は分かりませんが、自分から電話を掛けてきたので、命に別状はないと思いますが…。
田辺さんにだけは連絡してくれと、お詫びを伝えてくれと、そう申しておりましたので電話しました」

この街の復興事業を一体的に手掛けているコーポレーティッド・ジョイントベンチャー、いわゆる「CJV」の事務所に、下請け企業

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第62話 苛々の宮崎君

第62話 苛々の宮崎君

「何でそんなこともできてないんですか!

もう、勘弁してくださいよ!」

来月に予定している作業に使う仮設材の発注がまだだった。仮設材のリース会社には大まかな数量と搬入時期の目安を伝えてはいるが、工程がおおむね固まってきたタイミングで具体的な日時を指定しておかなければ、リース会社の準備も進まない。この現場だけではなく、周りにも最盛期を迎えている工事が多い。さまざまな資機材を取り合っている状況があり

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第61話 答えられない栗田さん

第61話 答えられない栗田さん

「何でもかんでも早さを追求するって、時代遅れのような気がするんです。
そもそも、なんで早くしなければいけないんですか?」

ゼネコン社員として、この街の復興事業を一手に担うコーポレーティッド・ジョイントベンチャー(CJV)に加わっている栗田直敏は、想定外の質問に言葉を窮した。目の前にいるのは、今年入ったばかりの新人の藤岡悠真だ。

「え!? 何でって、早い方が良いに決まっているじゃないか。
同じ建

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第60話 突破の真奈美さん

第60話 突破の真奈美さん

なんとか時間に間に合った。
トンネル掘削を手掛ける建設会社で技術者として働く宮田真奈美は、現場近くに設置されたプレハブの管制室から掘削作業を指揮しながら、内心、かなり焦っていた。
よりによって今日みたいな日に、やっかいな地山に当たるなんて。
トンネル掘削は、本当に侮れない。

宮田が、あの災害で大きなダメージを受けた海辺の街に来て、ちょうど半年になる。復興事業を一手に担うコーポレーティッド・ジョイ

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ゲンバノミライ(仮)第51話 会えない由美さん

ゲンバノミライ(仮)第51話 会えない由美さん

「うん、分かった。こんな状況じゃ仕方ないわね。せっかくだから、体をしっかり休めてね」
西野由美は、夫の忠夫からの電話を切るとため息をついた。

忠夫は、あの災害からで大きな被害が出た沿岸部で、復興街づくりの工事現場で所長を務めている。ゼネコンで同期入社だった。飲み会を開いたり遊びに出掛けたりしているうちに意気投合し、ほどなくして交際が始まった。

ともに本社の配属でスタートしたが、近くにいたのは2

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ゲンバノミライ(仮)第48話 警察の小池警部補

ゲンバノミライ(仮)第48話 警察の小池警部補

窃盗事件の処理をしていた小池義之警部補に建設現場での事故の第一報が入ったのは、午後過ぎのことだった。

「よりによって…」
思わず言葉が漏れた。

復興街づくりのシンボルとなる工事で、この街の誰もが知っている。徐々にそびえ立っていく姿を見るたびに、ワクワクする気持ちがわき上がっていた。無事に工事が完成してほしい。門外漢の小池でさえ、そう思っていたのだ。

「すごい突風が吹いて、ミシミシとか、鉄と鉄

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ゲンバノミライ(仮)第47話 失意の中西さん

ゲンバノミライ(仮)第47話 失意の中西さん

頑張れって言ってたじゃないの。しっかり役に立ってこいって。
あなたがそう言ってくれたから。
だから頑張れたのに。嘘つき。

中西好子は、通話を終えた携帯に向かって、小さく呟いた。

嘘つき! 嘘つき!! 嘘つき!!!
本当は大声で捲し立てたかった。

プレハブの宿舎では、怒鳴り声なんて出せない。
本当は落ち着いてなんていられないのに、心の中を鎮めなければいけない。やり場のない苛立ちが心を覆う。

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