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11G【イレブンジー】

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【仮想空間にサッカークラブを作る】 サッカーとテクノロジーが融合した新感覚のサッカー小説
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#コーチ

#14-1  緑

#14-1  緑

 「緑が眩しい」

 こんなことを思ったのは初めてだ。これまで感じたことのない透き通った気持ち。まるで自分の心が景色の中に溶けていくようだ。淀みのない緑の先には、互いに寄り添うように重なりあう二つの山が目に入った。なぜだかはわからないが、拓真にはそれが金丸と中岡の姿のように映った。

 真言寺駅の改札を出ると、並木道に沿って白のワンボックスカーが停車してあった。リアガラスに「FC MARUGAME

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#13-2  嘘

#13-2  嘘

 学校から帰ると、祐二は居間でタブレットのスイッチを入れ、床に並行になるように置いた。筋トレ動画がアップロードされるのはそろそろだ。二週間前、初めてアップロードされた映像で、筋トレについての概要が説明された。映像は、中岡監督が内容を説明し、萩中コーチが実演をする形で進む。

 「最初の2週間は自重でのトレーニングがメインのため、自宅や公園など、スペースを見つけて行って下さい。2週間を過ぎたら、ジム

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#13-1  彼女

#13-1  彼女

 須長祐二の携帯が鳴った。画面を見なくても誰からのPINEメッセージかはわかる。彼女のアユミからだ。今日も夕食前の18時ピッタリの時間だった。

 「今日もしっかり筋トレやったかな?」

 可愛らしいペンギンのキャラクターが腕立て伏せをしているスタンプのあとに、短いメッセージが添えられている。祐二は「バッチリ!」と文章を打ち、親指を立てたスタンプを返した。PINEはすぐさま既読になり、ものの10秒

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#12-3  息子

#12-3  息子

 見晴らしの良い広々としたバルコニーからは、青々とした海が光を反射させているのが一望できた。昨日までの遠征の疲れを癒すつもりで、本を片手に外に出てみたが、内容がちっとも入ってこない。頭を巡るのは、昨日の中岡の言葉ばかりだ。
 
 アンヘルは、リクライニングチェアーに本を置き、しばらく海を見つめた。

 「一体なぜ父親は、あのプロジェクトに参加させたのであろうか」

 中岡の言葉への疑念は、同時に、

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#12-2  奇跡

#12-2  奇跡

 立ち上がりの10分間を観てフォーメーションを変えてきた町田大学に対し、Cyber FCはまったく対応ができなかった。相手のワイドの選手が大きく幅を取り、背後への駆け引きを繰り返すことで両サイドバックの動きを規制され、わずかにできた中盤との空間を使われる展開が続いた。

 中央のスペースを支配され、遅れてプレスに出て行けば、それを利用されてワンツーのサポートからサイドを変えられる。サイドでは孤立し

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#12-1  問題点

#12-1  問題点

 萩中が両手で持つタブレットからは、攻撃シーンと守備シーンの動画がそれぞれ2つずつ流された。どれも15秒ほどの短い動画だが、前半の課題がうまく抽出されたものになっていた。ドローンの力は圧倒的で、俯瞰の映像からは選手たちの細かい動きのすべてが観察できた。

 「この映像の編集って、萩中さんがやられたんですか?ドローンの撮影をしながら?」拓真が萩中に問いかけた。
 「それは無理だよ。ドローンを操作しな

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#11-3  想定内

#11-3  想定内

 グラウンドには、町田大学Cチームの選手たちの姿があった。Cyber FC初の練習試合の相手にとって不足はない。まずは自分がやりたいプレーと、他の選手と協力して作りたいプレーをピッチで探すこと。中岡は選手たちにそう語りかけた。

 「お互いを知ることが大事です。こうして集まった大きな目的の一つですから。そして、相手を観ること。相手に応じて自分たちが少しずつ変わっていく。柔らかい芯を持ちましょう」

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#11-2  逃避

#11-2  逃避

 水町が部屋に入ると、神妙な面持ちの金丸が座っていた。呼び出された時は何のことかさっぱりわからなかったが、のしかかる重たい空気に、嫌でも察しがついた。

 「朝早くから悪かったな。座ってくれるか?」
 「はい・・・」水町は身体を強張らせた。
 「俺が知りたいのは1点だけだ。Cyber FCのプロジェクトに対して、真剣に取り組む意志があるのかどうか。それが聞きたい」
 「・・・もちろん、あります。ど

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#11-1  視野

#11-1  視野

 討論が深夜まで続いたにも拘らず、朝の目覚めはスッキリしていた。よほど頭が疲れていたのだろう。深い眠りのおかげで、身体の疲れはあまり感じない。

 萩中は部屋にある小型の冷蔵庫からオレンジジュースを取り出し、スマートカップ「Vessey」に注いだ。水分をカップに注ぐと、素早く中身を認識し、注いだ量、カロリー、糖分、たんぱく質、カフェインなどの成分の内訳に関するデータがスマホアプリに転送されるように

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#10-3  プレーモデル

#10-3  プレーモデル

 ホワイトボードの前で萩中は、本日のウォーミングアップの意図を丁寧に説明した。

 「アップに関しては、それぞれの認知、技術レベルを確認するために、少し難解でしたが、ポゼッションを中心としたトレーニングを行いました」
 「思っていたようなトレーニングになった?」金丸が訊いた。
 「少し説明が長くなってしまったところはありましたが、概ね見たい現象は起こせたと感じています」
 「そうか」金丸は短く応え

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#10-2  Nip in the bud

#10-2  Nip in the bud

 紅白戦は、中岡の指示のもと、チーム分けがなされた。メンバーに関しては、View Bodyのフィジカルデータを参照し、本人の希望ポジションを加味しながら構成された。GKを起点に、1-2-3-1のフォーメーションが組まれ、両チーム共通のフリーマンには、拓真が選ばれた。中でも皆が驚いたのが、空翔のGK抜擢であった。

 「キーパーなんてやったことないけど、まぁ、バスケと似てるし、俺に合ってるかもな」

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#10-1  打算

#10-1  打算

 梅村修平は、足裏の形通りに乗り、台から伸びるスティックを両手で握った。

「View Body」と呼ばれるこの機械は、ビジョンセンサーで捉えた人体情報から、あらゆるデータを抽出できる測定器だ。
 体温、心拍数、血圧などのバイタルデータ、体脂肪率、骨格筋率、基礎代謝、骨密度などの身体組織、身長や腹囲などの身体サイズ、基礎体力や関節の柔軟性など運動能力と体質に関するものなど、抽出データは多岐にわたる

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#9-3  サグラダ・ファミリア

#9-3  サグラダ・ファミリア

 少し苦めのエスプレッソに口をつける。

 静かにカップを置いて、少し上を見上げると、完成間近のサグラダ・ファミリアが静かに顔を覗かせる。重厚な存在感は、周囲を圧倒し、すべての気を呑みこんでしまうかのごとく、異彩を放っている。青坂慶は、残りのエスプレッソを飲み干し、カップの横に5セントのチップを置いて、席を立った。

 ガウディ通りをそのまま北上し、サン・パウ病院が見えたあたりで路地に入る。50m

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#9-2  心の隙間

#9-2  心の隙間

 今日が何曜日なのかもわからない。

 ベッドの上に仰向けになったまま、空翔は天井を見つめていた。両親を心配させまいと、時々1階に降りては他愛もない会話をする。言葉に感情がないことが自分でもわかった。まるで心を体育館に置き忘れてきたかのようだ。

 サトルや他の部員からのPINEが来ていることは知っていた。どうやら、あの1件のあと、顧問の発言は問題視されたものの、理事長の一声によって揉み消された。

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