見出し画像

#10-3 プレーモデル

 ホワイトボードの前で萩中は、本日のウォーミングアップの意図を丁寧に説明した。

 「アップに関しては、それぞれの認知、技術レベルを確認するために、少し難解でしたが、ポゼッションを中心としたトレーニングを行いました」
 「思っていたようなトレーニングになった?」金丸が訊いた。
 「少し説明が長くなってしまったところはありましたが、概ね見たい現象は起こせたと感じています」
 「そうか」金丸は短く応える。
 「続いて、僕からの提案ですが・・・」

 萩中はCyber FCにおけるプレーモデルについてのプレゼンテーションを始めた。選手の特性が把握できたいま、VRにプログラミングするうえで、プレーモデルが重要になる。金丸と中岡よりも先にプレーモデルの原案を用意することで力になりたいという思いからの発言だった。説明を一通り終え、金丸が口を開いた。

 「中岡はどう思う?」
 「そうだね・・・ちょっと肩の力が入りすぎかな」
 「えっ?」予想外の言葉に、萩中が狼狽した。
 「2人からあれこれ言われても気の毒だから、ここは金丸に任せるよ」そう言って中岡はミーティングルームをあとにした。

 「慎吾、さっきの中岡の言葉を聴いてどう思う?」
 「どうって言われても・・・確かに多少緊張はしましたけど、自分としてはやれることはやったので・・・」
 「トレーニングの主軸はどっちに置いてる?慎吾のパフォーマンスか、それとも選手たちパフォーマンスか?」
 「それは・・・」萩中は言葉を詰まらせた。

 「丸亀から東京まで移動してきて、到着早々ウォーミングアップを任されて、よくやったと思う。ましてや俺や中岡が観ている状況で、指導実戦のような感覚で行ったかもしれない。でも、いつでも考えなくちゃいけないのは、目の前の選手たちのニーズじゃないのかな?」金丸は柔らかく続けた。

 「フリーズの時に青坂慶とやり取りがあったと思う。距離が遠かったから詳しい会話は聞き取れなかったけど、恐らく説明が長いとでも言われたんじゃないのか?」
 「・・・はい・・・」
 「彼らにとっては、初顔合わせでお互いのことも知らず、移動や説明会もあって、少しでも多く身体を動かしたいと感じていたはずだ。そうした心の動きを察知して、彼らの視座に立って物事を考えられるようになれば、もっと良いトレーニングができたと思うよ」萩中は黙って頷いた。

 「そして、もう1点はプレーモデルについてだ。これはお前に、単なる“プレーモデル厨”になってほしくないから、強調して言う。お前がさっき説明してくれたプレーモデルは、よく整理されていて、説得力のあるものだと思う。ただ、あれは、クリーン・プログレッションのみについて言及されたプレーモデルで、プログラムとしては止まってしまっているんだよ」
 「どういうことでしょうか?」

 「語学を例に挙げよう。お前は学外でも語学の勉強を頑張っているよな?欧州への憧れもあってか、英語の勉強を頑張っている。ところが、この間、FC MARUGAMEの練習を視察に来たオーストラリアのクラブの関係者たちを前にして、思ったような会話ができたかな?」
 「いえ、全然会話が成り立ちませんでした。単語やイディオムの暗記は毎日しているのですが・・・」
 「それがそもそものエラーなんだよ、きっと」
 「えっ?」

 「お前もわかっているように、言語空間は無限に広い。ネイティブスピーカーにおいては、4万語ほどの単語を知っている。その広い言語空間を暗記的ラーニングで埋めていって、果たして効果的だろうか?例えば、使用頻度の高い名詞、動詞、形容詞などをそれぞれ100個ずつほど覚え、その組み合わせの回路を作るような学習方法を選んだとする。実際に外国人と対峙して、先ほどの方法とどちらの方が応用が利くと思う?」

 「後者の方ですね」

 「それはプレーモデルについても同じことが言えるんだよ。単語やイディオムをいくら覚えても、それと全く同じ状況が起きないと上手に使用できないように、プレーモデルも、うまくいかなかった時を含めてプランニングするべきなんだ。1つのプログラムを作動させて、そこで止まってしまうプログラムは機能的ではない。思っていたプレーモデルがうまくいかなかった時が本番だというプレーモデルを作ることが、求められることだ」

 金丸は萩中の目を見て、真剣に話をした。欧州に端を発したプレーモデルという言葉について興味を持つ人間は多い。だが、モデル化とは本来、複雑性の縮減のために行われるのであって、複雑に議論を重ねるための材料であってはならない。萩中に、その輪の中から抜け出し、プレーモデルの本質を捉えてほしいと願って、プレゼンテーションまでさせたのだ。

 「いつも気づかされてばかりです。本当に勉強になりました」萩中が頭を下げた。
 「俺は論破したいわけでも、お前に頭を下げてほしいわけでもないよ。ただお前が良い指導者になるためのリファレンスポイントを示しただけだ。これがお前に対する、俺のプレーモデルなんだよ」金丸につられて、萩中も笑顔になった。

 Cyber FCのプレーモデルがようやく作動する音を鳴らした。


# 11-1  視野   https://note.com/eleven_g_2020/n/n266f52f0cbb9


【著者プロフィール】

画像1

映画監督を志す小説家。日本が初出場を果たした1998年のフランスワールドカップをきっかけにサッカー強豪国の仲間入りを果たすためのアイデアを考え続けている。サッカーとテクノロジーが融合した物語、 11G【イレブンジー】は著者の処女作である。

Twiiter: https://twitter.com/eleven_g_11



面白かったらサポート頂けると嬉しいです!次回作の励みになります!