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11G【イレブンジー】

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【仮想空間にサッカークラブを作る】 サッカーとテクノロジーが融合した新感覚のサッカー小説
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#15-3  絆

#15-3  絆

 赤を基調としたカーペットの広々としたミーティングルームに、14名が2つのグループに分けられた。
 
 久し振りに会った感覚は、誰の心にもなかった。それもそのはずだ。この4か月間、オンライン上で何度も会話を重ねてきた。定期的に中岡からテーマが与えられ、延々とディスカッションをするなかで、互いの考えを理解できたことも少なくない。

 ディスカッションのテーマはいつも決まって「答え」のないものだ。「人

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#15-2  共鳴

#15-2  共鳴

 青坂慶は、不思議な感覚を抱いていた。伊予北駅で合流した時に、あれだけ嫌悪感を持っていた拓真や空翔に対し、自然と声をかけることができたのだ。

 「久し振りだな」

 短い一言だったが、曇りのない、落ち着いた心で発せられた言葉に、拓真や空翔の方が驚いたほどだった。

 変化の兆しは1か月ほど前からだった。特別意識していたわけではないが、両親に対して「ありがとう」の一言が自然に出るようになった。気恥

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#15-1  データ

#15-1  データ

 電子選手証をタブレットに登録し、メンバー用紙も3枚揃えた。ユニフォームは事前に全員に郵送し、受け取りの確認も取れている。

 「いよいよ、明日か」萩中の胸は高鳴った。Cyber FCにとって初の公式戦である、全国クラブユース選手権四国予選が明日の11時にキックオフを迎える。

 「ミーティングとコンディショニングを兼ねて」と金丸から提案があり、明日の試合会場からマイクロバスで20分ほどの場所にホ

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#14-3  向日葵

#14-3  向日葵

 「驚いた?」

 日葵が今度は無邪気な笑顔で拓真に訊いた。

 「実は全部見てたんだよね。町田大学との試合も、みんなのVRトレーニングの進捗も」
 「えっ?」

 拓真は驚きの声をあげながら、パソコンの画面から目を離し、日葵の方を見た。

 「日葵は俺が香川県に作ったFC MARUGAMEの学生コーチだった。年齢はお前と同じ、高校2年生だよ。3か月前に血液の病気になってしまって、ここに入院してる

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#14-2  病室

#14-2  病室

 正面口の自動ドアを通り、総合受付が見えた。簡易ではあるが、AI医療機器である「YDx-DI」が全国のドラッグストア内に設置されて以降、医療の状況は一変した。椅子に座り、網膜の写真を撮影するだけで、糖尿病などの初期症状を診断することができる。疾病疑いがある人や、希望者は、医師の立ち合いのもと、ドラッグストア駐車場に停められた総合検診車の中で指先から採血すれば、より高度なAI医療機器のもと、疾病の有

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#14-1  緑

#14-1  緑

 「緑が眩しい」

 こんなことを思ったのは初めてだ。これまで感じたことのない透き通った気持ち。まるで自分の心が景色の中に溶けていくようだ。淀みのない緑の先には、互いに寄り添うように重なりあう二つの山が目に入った。なぜだかはわからないが、拓真にはそれが金丸と中岡の姿のように映った。

 真言寺駅の改札を出ると、並木道に沿って白のワンボックスカーが停車してあった。リアガラスに「FC MARUGAME

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#13-3  身勝手

#13-3  身勝手

 ファミレスの向かいに座ったアユミは、下を向いたままだった。どうやら、先日のオンラインゲームのメンバーの誰かから情報が洩れ、会う約束を破ってバトルロイヤルに興じていたことがばれたらしい。何度か謝罪の言葉は口にしたが、あまり反応はなく、黙ったきりだ。祐二は溜まっていた気持ちを吐き出すように言葉を並べた。

 「あのさぁ、自分が嘘ついててこんなこと言える立場じゃないんだけど、正直言って、重いんだよね」

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#13-2  嘘

#13-2  嘘

 学校から帰ると、祐二は居間でタブレットのスイッチを入れ、床に並行になるように置いた。筋トレ動画がアップロードされるのはそろそろだ。二週間前、初めてアップロードされた映像で、筋トレについての概要が説明された。映像は、中岡監督が内容を説明し、萩中コーチが実演をする形で進む。

 「最初の2週間は自重でのトレーニングがメインのため、自宅や公園など、スペースを見つけて行って下さい。2週間を過ぎたら、ジム

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#13-1  彼女

#13-1  彼女

 須長祐二の携帯が鳴った。画面を見なくても誰からのPINEメッセージかはわかる。彼女のアユミからだ。今日も夕食前の18時ピッタリの時間だった。

 「今日もしっかり筋トレやったかな?」

 可愛らしいペンギンのキャラクターが腕立て伏せをしているスタンプのあとに、短いメッセージが添えられている。祐二は「バッチリ!」と文章を打ち、親指を立てたスタンプを返した。PINEはすぐさま既読になり、ものの10秒

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#12-3  息子

#12-3  息子

 見晴らしの良い広々としたバルコニーからは、青々とした海が光を反射させているのが一望できた。昨日までの遠征の疲れを癒すつもりで、本を片手に外に出てみたが、内容がちっとも入ってこない。頭を巡るのは、昨日の中岡の言葉ばかりだ。
 
 アンヘルは、リクライニングチェアーに本を置き、しばらく海を見つめた。

 「一体なぜ父親は、あのプロジェクトに参加させたのであろうか」

 中岡の言葉への疑念は、同時に、

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#12-2  奇跡

#12-2  奇跡

 立ち上がりの10分間を観てフォーメーションを変えてきた町田大学に対し、Cyber FCはまったく対応ができなかった。相手のワイドの選手が大きく幅を取り、背後への駆け引きを繰り返すことで両サイドバックの動きを規制され、わずかにできた中盤との空間を使われる展開が続いた。

 中央のスペースを支配され、遅れてプレスに出て行けば、それを利用されてワンツーのサポートからサイドを変えられる。サイドでは孤立し

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#12-1  問題点

#12-1  問題点

 萩中が両手で持つタブレットからは、攻撃シーンと守備シーンの動画がそれぞれ2つずつ流された。どれも15秒ほどの短い動画だが、前半の課題がうまく抽出されたものになっていた。ドローンの力は圧倒的で、俯瞰の映像からは選手たちの細かい動きのすべてが観察できた。

 「この映像の編集って、萩中さんがやられたんですか?ドローンの撮影をしながら?」拓真が萩中に問いかけた。
 「それは無理だよ。ドローンを操作しな

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#11-3  想定内

#11-3  想定内

 グラウンドには、町田大学Cチームの選手たちの姿があった。Cyber FC初の練習試合の相手にとって不足はない。まずは自分がやりたいプレーと、他の選手と協力して作りたいプレーをピッチで探すこと。中岡は選手たちにそう語りかけた。

 「お互いを知ることが大事です。こうして集まった大きな目的の一つですから。そして、相手を観ること。相手に応じて自分たちが少しずつ変わっていく。柔らかい芯を持ちましょう」

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#11-2  逃避

#11-2  逃避

 水町が部屋に入ると、神妙な面持ちの金丸が座っていた。呼び出された時は何のことかさっぱりわからなかったが、のしかかる重たい空気に、嫌でも察しがついた。

 「朝早くから悪かったな。座ってくれるか?」
 「はい・・・」水町は身体を強張らせた。
 「俺が知りたいのは1点だけだ。Cyber FCのプロジェクトに対して、真剣に取り組む意志があるのかどうか。それが聞きたい」
 「・・・もちろん、あります。ど

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