#全文公開【小説風エッセイ】父〜父と初「ビデオ通話」〜[家族親族](2419文字)
初めて父とビデオ通話で話しました。
昼の忙しい時間帯にいきなり、初めて父からビデオ通話がかかってきて、私はびっくり。
出られなかったので、メールに、
「17時30分にかけるので、大丈夫?」
と書いて送りました。
これには返信がなかったので、そのまま過ごし、17時30分になってから、ビデオ通話をかけました。
私から父へも初めてのビデオ通話です。
しかし、応答なし。
「あれ?」
と思って、かけ続けること3回。
4回目に漸く出てくれたと思ったら、画面に映ったのは外の景色で、父の鼻から上のアップでした。
父は紺のキャップを被っていました。
一緒に暮らしていた時には見たことのなかったファッションです。
父は公園でウォーキングの最中でした。
父は、自分からビデオ通話をかけてきたのに、ビデオ通話がかかってきたことにびっくりしている様子で、
「これ、ビデオ通話なの?」
と私に聴いてきました。
「初めてなのだよ。わからないことばかりだ」
父は、顔の全体が画面に映るように工夫してくれました。
顔の全体が映ったのは、その時だけでした。
「わー!お父さん、映っているよ、すごーい!!」
私は思いのほか、大はしゃぎしてしまいました。
気分が高揚しました。
何しろ、リアルタイムで動いている父を見たのは12年ぶりで、この12年の間には、父が脳梗塞で倒れて入退院したこともあったので、父の動いている姿を見るのは、想像していたよりも遥かに嬉しかったのです。
父の姿を見るのは退院してからリハビリでウォーキングをしている時の写真を送ってもらって以来。
父は、その時の写真を見て想像していたよりも、ずっと若々しくて、元気でした。
「元気か?◯◯君(夫の名前)も元気か?」
と父。
「元気だよ!とても元気!!お父さんも、元気そうね!」
と私。
「元気だよ」
と父。
父の背後に、公園の景色が映っていました。
父は歩きながら、公園の全景を見せてくれました。
「いつも言っている公園ね!大きいね」
と私。
「大きいのだよ」
と父は言って、公園を訪れる鴨や鷺や猫の話をしてくれました。
「今、帰るから」
と父は言って、住まいに向かいました。
住まいに帰りつくまで、私のタブレットの画面の半分には、父の額のアップが映っていました。
住まいの前まで来ると、父は住まいの外観を見せてくれました。
父は、私が結婚した後に再婚して、この土地に住むようになり、私は遠方に住んでいるため、この住まいを私が訪れたことはありません。
初めて見る、父と継母の住まいは、思っていたよりもずっと大きくて、新しくて、頑丈そうで、綺麗でした。
「とても綺麗なお住まいね!」
私が感想を伝えると、父は喜んでいました。
父は表札を映してから、玄関のドアを映し、最後に、ドアノブに手をかけるところを映しました。
父が玄関のドアを開けると、継母のお出迎えが。
ちょっとびっくりしている継母の姿がちらりと映りました。
「もっとちゃんと映してくれればいいのに」
と私は一瞬思いましたが、すぐに、自宅にいるところを前触れなく映されても困るだろうということに気づき、何も言いませんでした。
父は気前良く、決して片付いていない住まいの中を存分に見せてくれました。
私のタブレットの画面に、懐かしいものが次々映りました。
「あの人形さんたち!あの本棚!」
と興奮ぎみの私。
幼かった私の部屋に置かれていた、ガラスケースに入った、同居していた祖母の日本人形と、早くに亡くなった母の形見の日本人形、そして、大型本棚が映っていました。
「あるのだよ。おまえのものもたくさんあるのだよ。いるものがあるか?」
と父。
そして、父が部屋の中をぐるりと回って、ふと画面に映ったのは、小ぶりの水槽でした。
動物にせよ、植物にせよ、生き物を育てるのが好きで上手な父のイメージと一致して、私はとても嬉しくなりました。
電話ではちっともペットのことを話してくれなかったけれど、今でもちゃんと飼っているのね!
「何の魚?金魚?」
と私は聴きました。
一緒に住んでいた時には、このサイズの水槽に、祖母が琉金を飼っていて、そのイメージが強かったからです。
「熱帯魚。ネオンテトラしかいないよ」
と父。
さすが父!
今でも熱帯魚を飼っているのね、一緒に暮らしていた時には海水魚を飼っていたものね。
それから、父はベランダに出て、ベランダからの外の景色を見せてくれました。
ベランダには大きなオリヅルランがありました。
外の景色を映しながら、父は何かを言っていましたが、声が小さくて聴き取れませんでした。
暫くすると、父はくるっと後ろを向いて、部屋に戻りました。
部屋に戻ると、父は自分を映しているつもりで、居間を映して見せてくれました。
ちょっと散らかっているけれど、温かい、幸せそうな感じ。
父は声を弾ませて言いました、
「覚えておけ、こういう顔だ」
「お父さんは映っていないよ」
私は笑いながら言いました。
「部屋が映っているよ」
父は静かな声で言いました、
「そろそろ荷物を整理しなければならない年齢だ。いるものがあったら言って。送るよ」
私は声を落として言いました、
「私の物が場所取りになっていると思うので、送ってください。今まで持っていてくれて、ありがとう」
「熱中症には気をつけなよ」
と声の調子を変えて、やや明るい声で、父は言いました。
「あの公園でも倒れていた人がいて、電話したのだよ。熱中症が多くて、救急車が出払っていて、来たのは警察だったよ」
父、偉い!
「それじゃあな」
唐突に父は言いました。
「元気でな」
「お父さんも元気でね」
と私。
「それじゃあね。これはどうやって切るのかな?」
私の言葉が終わる前に、ビデオ通話は静止画像になりました。
私は画面を見て、ビデオ通話を切りました。
ビデオ通話の画面には、通話の始まった時刻と通話の終わった時刻が表示されていて、どうやら30分間話していたようです。
30分間!?
あっという間でした。
とても楽しかったです。
ありがとう、父。
またビデオ通話で話そうね。
天野マユミ
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