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読書熊録

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2023年2月の記事一覧

「人的資本」の誕生が人類を貧困の罠から飛び出させたーミニ読書感想『格差の起源』(オデッド・ガローさん)

「人的資本」の誕生が人類を貧困の罠から飛び出させたーミニ読書感想『格差の起源』(オデッド・ガローさん)

イスラエル系アメリカ人の研究者オデッド・ガローさんの『格差の起源』(柴田裕之さん監訳、森内薫さん訳、NHK出版、2022年9月30日初版発行)が面白かったです。タイトル通り、人類が比類なき経済成長を達成しながら、なぜその成長はデコボコで、地域によって格差が生じているのかを探究する。ジャレド・ダイヤモンドさんの『銃・病原菌・鉄』に通じる問題意識です。

自分はこの「格差の起源」以上に、そもそも人類は

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チームを壊すマネジメント・人を犠牲にするマネジメントーミニ読書感想『八甲田山死の彷徨』(新田次郎さん)

チームを壊すマネジメント・人を犠牲にするマネジメントーミニ読書感想『八甲田山死の彷徨』(新田次郎さん)

新田次郎さんの『八甲田山 死の彷徨』(新潮文庫、1978年1月30日初版発行)が勉強になりました。明治35年に発生した実際の山岳事故をモチーフにしたノンフィクションに近い小説。一月、真冬の八甲田山に対ロ戦を想定した行軍訓練に臨んだ二つの隊のうち、一方はほぼ全滅し、一方は無事生還した。成否を分けたのは何か?を探求する組織論として読めますが、新田さんは生き残った方を「成功者」として描かない。それが面白

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言葉は相反する二つの力を持つーミニ読書感想『校正のこころ』(大西寿男さん)

言葉は相反する二つの力を持つーミニ読書感想『校正のこころ』(大西寿男さん)

校正者・大西寿男さんの『校正のこころ』(創元社、増補改訂第二版は2021年5月20日初版発行)が心に沁みました。原稿をチェックし、誤りを発見、言葉を整える校正という仕事。本書は、校正者だけではなく、広く一般に校正の本質を伝えます。大西さんは、「言葉には相反する二つの力がある」と言います。その力に目を向けた時、自らの言葉を省みるきっかけをつかみました。

言葉が持つ二つの力とは。一つは「できるだけ多

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ステレオタイプを揺らす「労働小説集」ーミニ読書感想『私たちの金曜日』(三宅香帆さん編)

ステレオタイプを揺らす「労働小説集」ーミニ読書感想『私たちの金曜日』(三宅香帆さん編)

書評家・作家の三宅香帆さんが編者を務めた『私たちの金曜日』(角川文庫、2023年1月25日初版発行)が面白かったです。一見、ステレオタイプを反映したかに見えるタイトル。しかし実際は、そのステレオタイプを揺さぶる珠玉作品を集めた素敵なアンソロジーでした。

『私たちの金曜日』は、『僕たちの月曜日』と対になっている。このタイトルの差に少し引っ掛かりました。なぜ男性は月曜日で、女性は金曜日なのか?男性は

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読む「世にも奇妙な物語」ーミニ読書感想『11文字の檻』(青崎有吾さん)

読む「世にも奇妙な物語」ーミニ読書感想『11文字の檻』(青崎有吾さん)

青崎有吾さんの短編やショートショートをまとめた『11文字の檻 青崎有吾短編集成』(創元推理文庫、2022年12月9日初版発行)が面白かった。「平成のエラリー・クイーン」とも呼ばれる青崎さんの作品。本書で初挑戦しました。ドラマ『世にも奇妙な物語』に通じるような独特でテンポの良い魅力を感じました。

表題作にもなっている『11文字の檻』が特にお気に入り。巻末の著者解説によると、法月綸太郎さん『しらみ

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シンパシーではなくエンパシーのための物語ーミニ読書感想『ジャクソンひとり』(安堂ホセさん)

シンパシーではなくエンパシーのための物語ーミニ読書感想『ジャクソンひとり』(安堂ホセさん)

文藝賞受賞作で、芥川賞候補作にもなった安堂ホセさん『ジャクソンひとり』(河出書房新社、2022年11月30日初版発行)が面白かったです。ブラックミックス、つまり日本においては「黒人とのハーフやクォーター」として括られる男性の物語。正直、読了しても主人公の気持ちはわからない部分が多い。これはシンパシー(共感)の物語ではなく、エンパシー(感情移入)の物語 です。

たとえば、主人公と、ブラックミックス

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自分を欺しそして他人を欺すーミニ読書感想「欺す衆生」(月村了衛さん)

自分を欺しそして他人を欺すーミニ読書感想「欺す衆生」(月村了衛さん)

山田風太郎賞を受賞した月村了衛さんの「欺す衆生」(新潮文庫、2022年3月1日初版発行)が面白かったです。戦後最大の詐欺事件とされる「豊田商事事件」を下敷きに、「その時の残党が、その後の社会で欺し続けたら」を空想した物語。登場人物の大多数が悪人の、悪党群像劇です。

主人公穏岐は、悪辣な「現物まがい詐欺(本当は存在しない何かをあるかのように偽って資金を集める詐欺)」で名を轟かせた「横田商事」でかつ

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小説は「在るのに見えていない現実」を可視化するーミニ読書感想「文学は予言する」(鴻巣友季子さん)

小説は「在るのに見えていない現実」を可視化するーミニ読書感想「文学は予言する」(鴻巣友季子さん)

翻訳家、鴻巣友季子さんの「文学は予言する」(新潮選書、2022年12月20日初版発行)が面白く、刺激的でした。タイトル通り、数々の小説が今の社会(未来)を「予言」してきたこと、なぜそのようなことが可能なのか?について、無数の作品を紐解きながら解説してくれます。特に、「ディストピア」「ウーマンフッド(シスターフッド)」「他者」という三つのキーワードを提起し、物語と現実を呼応して楽しむ方法を教えてくれ

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4月13日に備えるーミニ読書感想「一人称単数」(村上春樹さん)

4月13日に備えるーミニ読書感想「一人称単数」(村上春樹さん)

4月13日に村上春樹さんの新作長編が出ると聞き、現時点で最新の短編集「一人称単数」(2020年7月20日初版発行、文藝春秋)を読みました。

批評家の加藤典洋さんは、「村上春樹は長編作品への助走を短編作品で行っている」との趣旨の指摘をしています(「村上春樹の短編を英語で読む」など)。つまり村上春樹さんの短編集を読むことは、来るべき長編への「備え」を図ることと言えます。

「一人称単数」の収録作を通

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「あなた」への言葉が万人の胸を打つーミニ読書感想「百年の手紙」(梯久美子さん)

「あなた」への言葉が万人の胸を打つーミニ読書感想「百年の手紙」(梯久美子さん)

ノンフィクション作家、梯久美子さんの「百年の手紙」(岩波新書、2013年1月22日初版発行)が胸にしんみり沁みました。田中正造氏が足尾銅山の公害被害を明治天皇に直訴した1901年の書状にはじまり、20世紀の100年間にさまざまな日本人が綴った手紙と、その時代背景がテンポよくまとめられています。

手紙とは、たった一人の「あなた」に向けた言葉。それが時の試練を超えて、万人の胸を打つ。当たり前かもしれ

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インサイダーよりアウトサイダーであれーミニ読書感想「新・学問のすすめ」(外山滋比古さん)

インサイダーよりアウトサイダーであれーミニ読書感想「新・学問のすすめ」(外山滋比古さん)

英学者、外山滋比古さんの「新・学問のすすめ」(講談社学術文庫、1984年4月10日初版発行)が知的刺激に溢れた一冊でした。もともとは1964年から雑誌で連載したエッセイをまとめたもので、もはや60年近く前に書かれたものなわけですが、まったく古びない。英米が「敵国」だった時代に英学を志した外山さんが語る「アウトサイダー論」。即物的利益に預かろうとするインサイダーではなく、アウトサイダーであれ、と呼び

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「21世紀のアルジャーノン」が突きつけるものーミニ読書感想「惑う星」(リチャード・パワーズさん)

リチャード・パワーズさんの最新長編「惑う星」(木原善彦さん訳、新潮社、2022年11月30日初版発行)は、読んだ後も心の中に残響をこだまさせる名作でした。帯の惹句にある通り、これは21世紀版の「アルジャーノンに花束を」。人間の善や生き方について問うた「アルジャーノン」に対して、本書は地球環境に対する人類の怠慢や欺瞞を突き付ける重たい物語でした。

ダニエル・キイスさんの名作「アルジャーノンに花束を

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