記事一覧
「傷ついた癒し人」であるために
私の好きなヘンリー・ナウエンの
「傷ついた癒し人」は
「彼が必要とされる時が来ることを予期しつつ
彼自身の傷を注意深く包まねばならない。」
「自分自身の傷の手当てをせねばならないと同時に
他の人びとの傷を癒す備えをしていなければならない。」
「むき出しにされた傷は
癒すどころか臭くて鼻持ちがならない。」
だから
私は自分の傷に包帯を巻くために
「個人心理療法」(教育分析)
を受けることに
いまこそ「教育分析」が必要
長年こころについて考えていたから
自分の中の「病理」にも気がついていて
そこから来る直感で動いていたけれど・・・
重要な仕事に関わらせてもらえるようになって
社会的な責任も感じているので
ここでしっかり自分を見つめておかないと
いまこそ「教育分析」を受ける必要を感じています。
本場のフランス料理を食べたことがないのに
フランス料理作って
「私はシェフです」なんて言えないものね。
本場のフラ
こころを語りあうのが好き
29歳の時
はじめて自分のこころを
語る体験
語ったことに耳を傾けてもらえる
体験をしました。
それまで
私のこころに
耳を傾けてくれるのは
私しかいませんでした。
私がはじめて
こころのうちを話したのは
親でも友達でもなく
カウンセラーでした。
きっとその時の
あたたかさが
忘れられなくて
歳を重ねたいまも
若い人たちの中に入って
こころを語りあう
グループワークをやっていても
疲れを感じ
無意識の存在に気づく
夫の幼馴染Y子さんの出現は
私が無意識と出会い
受け容れるきっかけを与えてくれました。
大人として自立して
成熟することを目標に
がんばり続けていた若い頃の私です。
私の両親は
幼少期の私に甘えを許さないことが
「しつけ」と信じ子育てをしました。
自立を促されても
ほめてはもらえず
おまえは何をやってもだめだから
私がやってあげると
親の都合で甘やかされました。
罪悪感を感じずに
甘える
自分助けの方法(コーピング)
これをしたら元気になれる
これをしたら嫌なことが忘れられる
不安な時に自分を助ける簡単な方法を
たくさん知っていたら便利です。
お腹が空いた赤ちゃんがしている
自分助けの方法は
大きな声で泣き喚くことです。
過保護、過干渉で育ち
共感の体験が少ない子どもの頃の
私の自分助けの方法は
「他人を信じるな」です。
これも自分を守る
りっぱな自分助けの方法と言えます。
生き残るためのコーピングです。
「今、ここ」に意識を集中する練習
「今」という瞬間の連続が人生です。
と、ほんとうに思って生きているでしょうか?
そこまで「今」という時間を大切にしているでしょうか。
いつも「今、ここ」を犠牲にしているような気がします。
過去の嫌なことに囚われて「今、ここ」の時間を過ごしている。
先のことに思考をめぐらせて「いま、ここ」が不安になる。
いずれも「今、ここ」を生きていません。
「今、ここ」のありのままの感情や思考に気づく
相手を変えることはできない
当たり前のことだが
相手を変えることはできない。
自分がどう対処するかを考えるしかない。
私は、絶対そんな失礼なことしないと
倫理観を振りかざしても
相手は、反発を感じるだけ。
自分がされたら悲しいから
嫌なことは人にもしないと言ってみても
私はそんなこと平気と言うかもしれない。
私は、我慢しているのに
なぜあなたは、がまんしないのと責めても
相手は、自然体がよいと言うかもしれない。
怒り
男女の友情は成立するのか?
男女の友情が、成立しないことはないと思います。
しかし、それは、かなり難しいことではないでしょうか。
ふたりが、互いに、友情を大切にしたいと
継続して願い続けた場合のみ成立するでしょう。
夫は、男女関係において、自制心のある人です。
夫婦の関係を大切に思っている人です。
夫には、幼馴染がおります。
還暦を過ぎて、同窓会の通知が届きました。
以来、近くに住む一人の女性から、
同窓会場への往復
依存心が強い人は・・・
テレホン人生相談の加藤諦三先生のお言葉に、
「依存心が強い人は、時に非常によく相手に尽くします。」というのがあります。
父も母も、親からしてもらえなかったことを、子どものためにしてやることが、深い愛情と信じていました。
両親にとって、本やピアノは、生活に必要のないもので、それを欲しがる私は、わがまま者でした。
りっぱな子育てをすることに重きを置く両親は、「豊かな人生を生きる」意味を知らなかっ