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書評

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#読書感想文

塩崎恭久(2020)『「真に」子どもにやさしい国をめざして』未来叢書



児童虐待防止のため、児童福祉法の抜本改正を成し遂げた国会議員の物語。政治と行政の関係性の一つの理想的で象徴的な記録として、そして我が国の子ども達のための戦いの参考書として価値の大きい一冊。

「子ども」という、票にも金にもならない政策分野は、俗な活動家や政治家には見向きもされず社会変革の駆動力に欠ける状態が続いてきた。それが児童虐待死事件や少子化を生みだし、我が国社会は危機的状況にある。いま一

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ハンス・ロスリング他(2018)=上杉周作・関美和訳(2019)『ファクトフルネス:10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』日経BP社



一般的な教養層から絶大な評価を得ている本書。要約するならば、世界の実態は多くの人々(特に先進国教養層)が考えている以上に日々改善しており、我々は本能的な思い込みを乗り越え、現代人としてデータを基に行動すべきだというもの。

少し分厚いものの、本書全体を通して主張は上記の要約から逸することはない。立ち止まり考えること、前提を疑うこと、謙虚に世界と自分自身に向き合うこと。一見すると当たり前の教訓を

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中田永一(2013)『くちびるに歌を』小学館文庫



長崎県五島列島の中学合唱部を舞台にした青春小説。大会に向けた日々という定番のシナリオでありつつも、発達障害やリベンジポルノといった現代の課題を織り交ぜた課題図書にしたい一冊。

傍論になるが、「くちびる」という体の部位について。映画『さよならくちびる』とも通ずるが、歌を題材にした作品で印象的に使われるくちびるという言葉にどこか聖なる感覚を抱いてしまう。すべての音がそこから始まり、拡がっていく。

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仁藤夢乃(2014)『女子高生の裏社会:「関係性の貧困」に生きる少女たち』光文社



2013年に警察の補導対象となり、一時世間の話題をさらったJK産業。その内情を当事者である女子高生たちのインタビューから構成した一冊。その子なりの悩みに向き合ってくれる大人のいない青少年たちの状況を「関係性の貧困」と呼び、日本では風俗関連産業が表社会よりもむしろ居場所を提供する仮面的な社会福祉を担ってしまっている現実を指弾する。

表のスカウト、やってみませんか?未だに生活困窮者へのアプローチ

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若林恵編(2019)『次世代ガバメント:小さくて大きい政府の作り方』黒鳥社



行政府のデジタルトランスフォーメーションを説く一冊。配給制からオーダーメイド制への変革を求める。ほかに印象深いのは、計画の実現にはゴールとなる理想像をはっきりと示すことで国民の理解を得る必要があるとするところ。

本書を読んでも未だぼんやりしているのは、グローバル化の結果によって多様性がもたらされ市民の行政需要も多様化しているという前提について、分かるんだけどまだ誰も証明していない気がしてしま

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凪良ゆう(2019)『流浪の月』東京創元社



2020年、本屋大賞受賞作。間違いのない傑作でした。社会というものを構成する周囲の人間たちの、どうしようにも拭えない「偏見」を描きます。しかしここの偏見は、決して汚いものではなく、正しく清らかなものであることがどうにももどかしく、世界のありのままの姿を私たちは見させられます。

いま知らず知らずのうちにあなたが思い考えることは、果たして本当に目の前の誰かを救っていますか。「せっかくの善意」は、

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寺地はるな(2018)『月のぶどう』ポプラ文庫



姉弟という、いざという時に頼ってもきっといいんだと思わせてくれるような関係が尊い。さらに心に残るのは、どれだけ長くやってきたからといって、それだけで自分にだけ「資格」があるわけではないという主人公の気づき。

ある日突然、天職のようなものに出会って、一躍有名人になるなんてことはあんまりない。でも、目の前には今やるべきことがきっとあるから、とりあえず手を伸ばそう。誰か相棒を見つけて。ワインでも飲

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