江部航平

僕は小説家になります。 罪とか後悔とか、人の暗さを上手く書きたいです

江部航平

僕は小説家になります。 罪とか後悔とか、人の暗さを上手く書きたいです

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駄堕

 人生は後悔だ。  気に入りの皿を割ってしまった今朝とか、勉強を放って遊んでいた過去とか、自分可愛さに吐いた嘘とか、故人に言えなかった言葉だとか、好きよ、なんて…

江部航平
8か月前

 あの子が笑うのは、とくべつ。  他の子が笑うより何だか嬉しい気がします。  それはなんというか、視認することのできない特別な美しさを、黒コートのポケットの中で誰…

江部航平
2週間前
2

生き物?メモ: 墓所守り

だいたい墓所にいる 墓荒らしの骨をあつめている ドーム上の布の中でからから骨の音を鳴らす。

江部航平
2週間前
1

ポーション・ウィスキーと苔玉の石ころ兵

 夜の酒屋に僕以外の客はおらず、狭い店の棚にところ狭しに並べられた酒瓶の壁に少なからぬ圧迫感を感じて早足になる。低い天井の灯りが大小まちまちの酒瓶に、つるりん、…

江部航平
2週間前
2

鈍感

 盆を過ぎ、駅前の夜はじっとりとした熱気の中にあった。拭えぬ湿気の中に漂うたばこの匂いが鼻に当たり、目前を歩く中年の男が手に差した小さな赤い光に視線が当たる。男…

江部航平
2週間前
1

生き物メモ11: メイル・メイジ

杖をもった鎧

江部航平
2週間前
1

でっかい冬虫夏草

 向こうの星にあるのは小さくて丸いきのこの星です。星の名前は、忘れました。ただそこは誰もいない、暗くじめじめした星であります。私らが行った時は暗い夕暮れ時で、わ…

江部航平
2週間前
4

波の鰭

 十月も半ばを過ぎていた。〈4分ほどお待ちください〉とアナウンスが流れ、彼は窓の向こうに目をやった。電車は成午海岸で停車していた。そこには人気のない風景が広がっ…

江部航平
3週間前
4

生き物メモ10:ダイダラナナフシ

 山より大きな虫。山をまたぎ、街を超え、海を渡る。陸から陸に人を渡すこともある。なににも干渉しない。太古から存在している。

江部航平
2か月前
1

バイオレンス

 あなたは頭痛を訴えて仕事を休んだ。ひとまずの鎮痛薬で和らぐはずの痛みも引かず、あなたは寝台の上で熱を上げていた。念のため病院に行ったら? と提案してみたけれど…

江部航平
2か月前

泳ぐ

実家では臆面もなく放屁できて、それでひと笑い起こせたり、近所の田んぼの中にある墓石がぽつんと建っている景色とか、その周辺の田んぼに波打つ泥の轍とか、雨風に晒され…

江部航平
2か月前
2

生き物メモ4: ひとまねへび

ひとに化けるへび。 つづらおばけと同居している。 【ひとまねへびのお話はこちら】 【つづらおばけに関する記事はこちら】

江部航平
2か月前
1

コンプレックス

 酩酊を崩す音に意識が連れ戻される。はやし立てられるように、まどろみの意識は携帯のアラームに揺れた。部屋に差し込む光の色は、0.2グラムの青を含んだ透明な空気に満…

江部航平
2か月前
2

生き物メモ5: こびと

 飛べなくなった妖精。知能が高く、器用な手先でなんでも作る。人と同じ背丈のロボットもつくる。 こびとは石ころ兵とも仲が良く、遊んだり、お古の帽子やヘルムを譲った…

江部航平
3か月前

走り書きメモ カンショウタイ

宙に浮くカンショウタイに触れられないままでいる

江部航平
3か月前

生き物メモ3: つづらおばけと腕鬼

葛篭(つづら)に入った子どものおばけ。 普段は葛篭の中から姿を見せないが、時折ご飯を求めて出てくる。また腕鬼(図1)と呼ばれる鬼もこの葛篭の中にいる。 葛篭の中はお菓…

江部航平
4か月前
2
駄堕

駄堕

 人生は後悔だ。
 気に入りの皿を割ってしまった今朝とか、勉強を放って遊んでいた過去とか、自分可愛さに吐いた嘘とか、故人に言えなかった言葉だとか、好きよ、なんて言い合っても数ヶ月後には倦怠抱えたり、意図せず殺してしまった虫に今更慈悲かけたり、老いれば若いうちにできなかったことを悔い始める。
 くだらないもんだ。
 人間なんてのは薄情なもんで、気紛れに湧き出る利他主義によって他者と関係を繋ぐ生き物の

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虫

 あの子が笑うのは、とくべつ。
 他の子が笑うより何だか嬉しい気がします。
 それはなんというか、視認することのできない特別な美しさを、黒コートのポケットの中で誰にも知られずにぺたぺた触る時のすけべさに似ています。
 あの子と話したことは、ありません。この先も機はないでしょう。けれども、いえ、それで構やしません。それは例えば、通学するとき、朝の横断歩道ですれ違うことがあるくらいの距離、決して近くな

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生き物?メモ: 墓所守り

生き物?メモ: 墓所守り

だいたい墓所にいる
墓荒らしの骨をあつめている
ドーム上の布の中でからから骨の音を鳴らす。

ポーション・ウィスキーと苔玉の石ころ兵

ポーション・ウィスキーと苔玉の石ころ兵

 夜の酒屋に僕以外の客はおらず、狭い店の棚にところ狭しに並べられた酒瓶の壁に少なからぬ圧迫感を感じて早足になる。低い天井の灯りが大小まちまちの酒瓶に、つるりん、つるりんと丸くひかって眩しく、僕の意識が宝石の箱に入り込んでしまったようにも錯覚する。
 レジ前に腰掛けて本を読んでいた店主は僕が手にしたポーション・ウィスキーの瓶を見て「一六二〇円」とぼそりと云った。彼は僕より三〇くらい年上の男で、背の低

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鈍感

鈍感

 盆を過ぎ、駅前の夜はじっとりとした熱気の中にあった。拭えぬ湿気の中に漂うたばこの匂いが鼻に当たり、目前を歩く中年の男が手に差した小さな赤い光に視線が当たる。男が歩くたび、腕が振れて赤い点が暗い中で明滅する。僕はシーツやらTシャツやら何やらがぎゅうぎゅうに詰め込まれたIKEAの青いキャリーバッグを手に歩いていた。街灯が道路脇に植った低木の葉々をぼんやり照らし、その景色が歩道を沿っていた。低木の導く

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でっかい冬虫夏草

でっかい冬虫夏草

 向こうの星にあるのは小さくて丸いきのこの星です。星の名前は、忘れました。ただそこは誰もいない、暗くじめじめした星であります。私らが行った時は暗い夕暮れ時で、わさわさした苔の岩岩の脇やら背の低い木の根元に、柄の丸っこいきのこが点々と生えているのでした。きのこは見境なく生えます。岩や根っこに限りません。これをご覧なさい、その星から持ち帰った盾です。この星にもある程度の文明があったのでしょう、重たく立

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波の鰭

波の鰭

 十月も半ばを過ぎていた。〈4分ほどお待ちください〉とアナウンスが流れ、彼は窓の向こうに目をやった。電車は成午海岸で停車していた。そこには人気のない風景が広がっていて、伸び放題の草木に、トタン張りの小屋みたいなたばこ屋、その奥に見える竹林には霧が立ち込めていた。朝の五時、外はまだ夜と朝の混じるせいで青白い。
 霧の中に向かって女の子がひとり、歩いて行くのが見えた。形のいいショートヘアに黒のレザージ

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生き物メモ10:ダイダラナナフシ

生き物メモ10:ダイダラナナフシ

 山より大きな虫。山をまたぎ、街を超え、海を渡る。陸から陸に人を渡すこともある。なににも干渉しない。太古から存在している。

バイオレンス

バイオレンス

 あなたは頭痛を訴えて仕事を休んだ。ひとまずの鎮痛薬で和らぐはずの痛みも引かず、あなたは寝台の上で熱を上げていた。念のため病院に行ったら? と提案してみたけれど、病院はいやだ、医者は嫌いだ、と子どもみたいなことをわめいて聞かない。シーツに皺が寄って、ずれた掛け布団が寝台からずれ落ちている。そんなこと言ってたら治るものも治らないわよ、変な病気だったらどうするの? と言ったらあなたは「もう寝る」とうず

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泳ぐ

泳ぐ

実家では臆面もなく放屁できて、それでひと笑い起こせたり、近所の田んぼの中にある墓石がぽつんと建っている景色とか、その周辺の田んぼに波打つ泥の轍とか、雨風に晒されたせいで褪せた〈川で遊ぶと危ないよ〉の看板とか、七年前から変わらない風情に現在の自分の抱えたしがらみや鬱屈を二重写しにして眺めてみた。その映像は今でも変わらない風景の中に溶け込めず、圧迫するような形のない焦りがちくちくと内臓をつつき回す。

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生き物メモ4: ひとまねへび

生き物メモ4: ひとまねへび

ひとに化けるへび。
つづらおばけと同居している。

【ひとまねへびのお話はこちら】

【つづらおばけに関する記事はこちら】

コンプレックス

コンプレックス

 酩酊を崩す音に意識が連れ戻される。はやし立てられるように、まどろみの意識は携帯のアラームに揺れた。部屋に差し込む光の色は、0.2グラムの青を含んだ透明な空気に満たされていて、その光の源を目で追おうとして半開きになったカーテンに目がいく。寝起きの頭で寝返りを打った。
 背中の重さに押しつぶされるように、一対の羽がシーツと背中に挟まれて存在感を示す。他のこびとはこんなこと気にしないでも良いんだろうな

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生き物メモ5: こびと

生き物メモ5: こびと

 飛べなくなった妖精。知能が高く、器用な手先でなんでも作る。人と同じ背丈のロボットもつくる。

こびとは石ころ兵とも仲が良く、遊んだり、お古の帽子やヘルムを譲ったりしている。

走り書きメモ カンショウタイ

宙に浮くカンショウタイに触れられないままでいる

生き物メモ3: つづらおばけと腕鬼

生き物メモ3: つづらおばけと腕鬼

葛篭(つづら)に入った子どものおばけ。
普段は葛篭の中から姿を見せないが、時折ご飯を求めて出てくる。また腕鬼(図1)と呼ばれる鬼もこの葛篭の中にいる。
葛篭の中はお菓子のごみや漫画本などで散らかっているが、稀に金の粒を置いている。でどころは不明。
ひとまねへびとも仲が良く、現在は同じ家に暮らしている。

【つづらおばけの出てくるお話はこちら🐟】