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ポーション・ウィスキーと苔玉の石ころ兵

 夜の酒屋に僕以外の客はおらず、狭い店の棚にところ狭しに並べられた酒瓶の壁に少なからぬ圧迫感を感じて早足になる。低い天井の灯りが大小まちまちの酒瓶に、つるりん、つるりんと丸くひかって眩しく、僕の意識が宝石の箱に入り込んでしまったようにも錯覚する。
 レジ前に腰掛けて本を読んでいた店主は僕が手にしたポーション・ウィスキーの瓶を見て「一六二〇円」とぼそりと云った。彼は僕より三〇くらい年上の男で、背の低い丸い体型にダークグリーンの古いエプロンを巻き、黒ぶちのメガネをかけた顔は老いさらばえた水チワワに似ていた。僕は小銭を出しながら、レジ脇で全身にむくむく苔の生えた石ころ兵がこびとと遊んでいるのを見ていた。石ころ兵は球状に近いフォルムをしていたからまるで苔玉そっくりで、毛の短いみどりが暖色の灯りに柔らかく光っていた。こびとが体いっぱい抱きさするたび、その毛皮は高級な絨毯のように濃いみどりから白いみどりへと綺麗な跡をつけた。
 この石ころ兵という魔物には未だ謎が多い。ゴレム属に分類されていながら個としての自我を持ち、描かれた目口で物体の視認や食事、感情表現を行う。これは社会一般で広く識られているゴレムの性質と異なり、彼ら独自の習性を有している。また移動方法もサイズやフォルムに影響して、地面を擦るように移動する個体から自身の体を転がすようにして移動する個体もある。
 さらに彼らは人と同様に外見を着飾ることも好む。こびとから譲り受けたヘルムや帽子を被るのはもちろん、自ら進んで体表に苔を生やす個体もある。着飾ることによって他の石ころ兵との差別化を図っていると考えられているが、その理由は現在でもよく判っていない。
 苔玉の石ころ兵とこびとはまだしばらくじゃれ合うのをやめないようだった。僕はポーション・ウィスキーを受け取り、レジ横の小皿に盛られた飴玉をひとつとって店を出た。外はすっかり寒かった。

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