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 あの子が笑うのは、とくべつ。
 他の子が笑うより何だか嬉しい気がします。
 それはなんというか、視認することのできない特別な美しさを、黒コートのポケットの中で誰にも知られずにぺたぺた触る時のすけべさに似ています。
 あの子と話したことは、ありません。この先も機はないでしょう。けれども、いえ、それでかまやしません。それは例えば、通学するとき、朝の横断歩道ですれ違うことがあるくらいの距離、決して近くない関係、けれどもお互いの存在は薄い認識の膜に包まれている、その程度の縁が心地よいのです。
 気味が悪いでしょうか? けれども、あなた、あなたにだって、きっと僕がぞっとしてしまうくらいの醜い虫を腹の中に飼っているでしょう。そんなものいないとは云わせません、ひとはみな利口な虫籠です。大なり小なり、ひとには口が裂けたって言えない虫の姿を、うっかり表に出さないように、上手に隠しているのです。
 あの子のことが好きなのでしょうか、僕は。わかりません、ただ、あの子の腹の内にいる虫の全貌をいつか暴いてやりたいと、ちょっと思ってみたりもするのです。

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