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波の鰭

波の鰭

 十月も半ばを過ぎていた。〈4分ほどお待ちください〉とアナウンスが流れ、彼は窓の向こうに目をやった。電車は成午海岸で停車していた。そこには人気のない風景が広がっていて、伸び放題の草木に、トタン張りの小屋みたいなたばこ屋、その奥に見える竹林には霧が立ち込めていた。朝の五時、外はまだ夜と朝の混じるせいで青白い。
 霧の中に向かって女の子がひとり、歩いて行くのが見えた。形のいいショートヘアに黒のレザージ

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ミスター・スーツサット

ミスター・スーツサット

 ミスター・スーツサットのヘルメットの中身は誰も知らない。中にあるのは隕石かもしれないし、宇宙の神秘的物質かもしれないし、あたまかもしれない。

……

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ひとまねへび

ひとまねへび

 いつまで続くだろう?
 生活の浅ましさに眩暈がした。スカートのファスナーが壊れてもむりして穿きつづけたり、朝食は六四円の納豆パックとバナナだし、抜け出せない貧乏のつましさを思い知っては自分の小ささが情けない。季節は冬に差し掛かろうとしているのに、帰りの電車窓から眺める景色も、人の表情も変わらずくすんでいる。そのうちの一人に私も含まれていた。
『あの子、ほんとはひとまねへびなんだよ』
 ひやりとし

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金の角と木こり

金の角と木こり

 金の角を持った鹿が木々の影に消えた。木こりは木漏れ日の当たってきらきらする角の輝きに目を奪われ、木々の影を覗いた。木こりはすぐ、あの角を手に入れたいと思った。けれど、覗いた先に鹿の姿はなく、若い娘がひとり、湖のふちに横たわっていた。やすらかに眠っているらしかった。寝息は優しく、まだ心もとない胸が呼吸のたびにゆっくりと上下していた。
「お嬢さん、お嬢さん」木こりは声をかけた。池の娘をほんとうにかわ

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同居

同居

「ねえ果子。今度駅前にカフェができるらしいんだ。一緒に行こうよ」
「嫌。どこにも行くたくない」
 ソファに沈む彼女の声は薄く、どこか浮ついた調子だった。ソファから垂れた彼女の腕は白く、二の腕から肘先ときて手指に至る線がなめらかだ。その中を静脈の青が枝を分けていて、彼女はもう人間とは別の、透き通った神聖な生き物のようにも見える。
 同居を始めてから彼女は部屋から出なくなった。外に出ようと誘っても、日

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亡霊

亡霊

 俳優の星野円が自殺した夜、わたしは元彼の部屋でセックスをしていた。外は雨の降るせいで冷えきっていたのに対し、暗く消した部屋の中には熱が篭っていた。
 ほくろの多さも、背中にできたぽちっとしたにきびも、太ももにできたみかんのように丸い火傷の痕も、臆面もなく見せることができた。互いにわらい、繋がり合うことができた。
 愛することは醜さを許すことだ。においも、癖も、性格も、全て受容することだ。ただその

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化け物

化け物

 茸沢果子がしんだ。先週に起きた誘拐事件の被害者だった。
 彼女とは長い付き合いだった。物静かで髪の短い、一月の雪みたいに肌の白い子だった。好きなものは花と恐竜と靴で、嫌いなものは血の出る映画とトマト、そんな子だった。僕らは六年もの間付き合っていたけれど、結局は退屈な恋愛の果てに別れたのだ。十月のはじめ、切り出した別れ話に彼女は鼻をすすってうなずくだけで、言い終わりに顔を覗いたら、彼女は顔をそむけ

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生活と平穏

生活と平穏

 同級生が捕まった。画面越し、唐突な再会だった。まっさきに浮き出た感情は懐かしさで、その感情に引かれるように、警察車両に乗せられる彼の茶色くなった頭を見ていた。帰宅途中の女子大生を誘拐したのち殺害したらしい。いまいちぴんとこなかった。彼が? まさか。
 彼は明るくて友達の多い、みんなから好かれてるような子だった。彼とは中学の頃からの同級で、担任とも仲がよく、いつも誰かと笑っていた。彼の高い笑い声を

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