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コンプレックス




 酩酊を崩す音に意識が連れ戻される。はやし立てられるように、まどろみの意識は携帯のアラームに揺れた。部屋に差し込む光の色は、0.2グラムの青を含んだ透明な空気に満たされていて、その光の源を目で追おうとして半開きになったカーテンに目がいく。寝起きの頭で寝返りを打った。
 背中の重さに押しつぶされるように、一対の羽がシーツと背中に挟まれて存在感を示す。他のこびとはこんなこと気にしないでも良いんだろうなと、どうしようもないことを考えてベッドを出た。
 背中に生えた羽。それは見ようによっては枯れたツツジの花びらにも似ていた。力むとぱたぱたと動くそれはの名残り。こびとは昔、背中に大きな羽が生えていて、その羽でどこまでも高く飛べたらしい。けれども綺麗な背中が尊ばれる現代、そんなものは無用の長物だった。子どものころは綺麗だねとか羨ましがられることもあったけれど、歳を重ねるごとに背中の羽は大きく垂れ下がるようになり、それはそのまま物質化した億劫として私の背中に被さるようになった。
 昨日病院に行った。美容整形外科。初めて行った。びっくりするくらい綺麗な人たちが雑誌読んだり、カウンセラーと話し込んだりしていて、そのカウンセラーも、広告で見る女優やモデルなんて比にならないくらい綺麗な人ばっかりで、呼吸するのも憚られた。
 診察室は見たこともない機械がいくつも置かれてあって清潔そのものって感じで、奥でモニタを睨んでいた先生がこちらに首を曲げてこんにちはと笑いかける。こびとにしては顔の小さい人だった。
「患者様は今回、両翼の切除ということで」と先生は診察室の綺麗さに対してくたくたに使い古されたクリアファイルを見ながら切り出す。その話し方が幾分気だるげで気分が波打つ。
「見せていただいても良いですか」と先生に云われるがままに、私は後ろを向いて裾をたくし上げる。
「ああ。これは……」と先生は羽を見るなりかたい声を出して黙り込んだ。
「率直に申し上げますと、当院では施術しかねます」裾を戻した私にきっぱりと、また淡々とした口調で言い切った。医師がそんなこと云って良いのかと思う先、先生は「大きさを見るに骨も筋肉も出来上がってしまっているので」と付け加えた。重たい気分に羽の重さは余計にしんどかった。背中。羽の付け根が焼けるようにじりじりとし、恥ずかしさとも惨めさともつかない感情が暗い幕のように肌に見境なく張り付いた。もっと羽が小さいうちに来ていれば。子どものうちからなんとかするとか、もう少し賢くお金を貯めておくとか、やり方はいくらでもあったはずだ。
「まあ」と先生は続けた。「患者様のように、先人の名残りが肉体に表れることは稀にあるんですよ。体質というか」淡々と話すような口調から一変して励ますように先生はそう云ったけれども、その先に続く言葉の列は私にぶつかることなく身体の中を通り過ぎて、私はそれを掴もうともしなかった。他の病院の紹介もしてくれていたみたいだけれど記憶は曖昧で、気がついたら自室の寝台の上で朝を迎えていた。
 結局、容姿についての問題は自分の受け取り方というか、心の問題なんだろうな、と思う端から白けた気分がした。どうでもいいような気がした。それは単に自分のコンプレックスに前向きになれたとか、そういう明るい気分でなく、どちらかというと諦めによった受容で、雨が道路や建物を濡らすように、ごく当たり前のことなのだろうと理解できた。みな、大なり小なり醜さを背負ったり引き摺ったりしているんだろうな。その醜さは意思に反して露出してしまうものかもしれないし、上手に誤魔化してないものにもできるんだろうな。私はこの場合前者で、誤魔化すこともできないけれど、どうにか捉え方を変えて開き直って行けたらいいのに。

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