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小説

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#海外文学

『ピュウ』 キャサリン・レイシー

『ピュウ』 キャサリン・レイシー

こんなに心に訴えかける本はなかなかない。とにかく読んでほしい一冊だ。

この物語の視点であり語り手は、ピュウと呼ばれる人物であり、これは、ピュウがある町に現れてからの一週間の物語である。

どこから来たのか分からない。人種も年齢も、性別も定かでない。何を聞いても一切言葉を発しない。そんな不思議な少年/少女が、ある町にある日突然姿を現し、住民たちは彼/彼女をピュウと呼ぶようになる。

ピュウ(pew

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『アトランティスのこころ』 スティーヴン・キング

『アトランティスのこころ』 スティーヴン・キング

1960年から現代までのアメリカを、いくつかの人生に乗せて描いた長編大作。読書の高揚感をかき立てる、上下巻組の大型本だ。

物語の幕開けは1960年、コネティカット州郊外の住宅地。11歳の少年ボビーは、母親と二人でつましく暮らしている。
ボビーには毎日つるんで遊ぶ気の合う友人がいて、恋人になりそうな女の子もいる。目下の関心事は、どうしても欲しい自転車を購入するために、お金を貯めること。
そしてもう

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『階段を下りる女』 ベルンハルト・シュリンク

『階段を下りる女』 ベルンハルト・シュリンク

美しい女性の登場するラブストーリーと思いきや、消化不良になりそうな難易度の高い内容だった。ストーリー自体はシンプルなのだが。

語り手の「ぼく」は、フランクフルトで駆け出しの弁護士だった頃、忘れられない恋をした。
発端は奇妙な依頼だった。
依頼主はシュヴィントという画家。彼はグントラッハという金持ちの注文で、グントラッハの妻イレーネをモデルにした絵を描いたのだが、その後イレーネと恋仲になり駆け落ち

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『人魚とビスケット』 J・M・スコット

『人魚とビスケット』 J・M・スコット

開いた本のページから冒険の世界が、熱気を巻き起こしながら立ち上がり、読み手を引きずりこむ。そんなファンタジー映画のような現象を起こす小説だった。
ただしその冒険は輝くファンタジーからは程遠い、限界極限サバイバルである。

*****

冒頭は探偵小説のようだ。
人魚とは、ビスケットとは何者か。
語り手である作家が、その謎めいた新聞広告に興味を抱いて書き手とコンタクトを取り、ある過去の出来事を知るに

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『恥辱』 J・M・クッツェー

『恥辱』 J・M・クッツェー

読み始めた最初のうちは、この小説がなぜブッカー賞に?と思った。
だが読み進めながら分かってきた。これは渾身の作品だ。そして、私たちの常識と倫理観に刃を立てる問題作だと。

南アフリカに住むデヴィッドは52歳の、カレッジの准教授。
教えているのは、本来専門の文学ではなく、大学が時勢に合わせて設置した「コミュニケーション学」とやら。

二度の結婚に失敗し、五十路の独り身である彼だが、自身の性的な魅力に

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『われら闇より天を見る』 クリス・ウィタカー

『われら闇より天を見る』 クリス・ウィタカー

15歳の彼らは完璧な4人組だった。
不良のヴィンセントと美しいスター。ヴィンセントの親友ウォークと、その恋人マーサ。
しかし4人の輝かしい日々は、ヴィンセントが酔ったあげくの自動車事故でスターの妹を殺めてしまった事件を機に、永遠に失われてしまう。

物語はその30年後、刑期を終えたヴィンセントが地元に戻ってくるところから始まる。
15歳という年齢にも関わらず刑務所送りになったヴィンセントは、刑務所

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『兎の島』 エルビラ・ナバロ

『兎の島』 エルビラ・ナバロ

読者を奇妙な世界に誘う、粒揃いの短編集。
酸っぱかったり苦かったり、それぞれ違った味を持つドロップの缶のようだ。一粒一粒が忘れ難い味わい、ぜひお試しあれ。

『ヘラルドの手紙』
恋人との気乗りのしない旅行中、わたしは浮気相手のあなたのことを考えている。
冷え切ったカップルの別れが幻想的に描かれる。

『ストリキニーネ』
耳たぶから肢をぶら下げて異国の街を歩く彼女。
肢はどんどん伸びて指を生やし。。

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『夜の樹』 トルーマン・カポーティ

『夜の樹』 トルーマン・カポーティ

カポーティの短編集は、何度も繰り返し読んできた一冊だ。
10代の頃に買った文庫本は何遍もページをめくられ何遍もかばんに出し入れされているためボロボロで、ページが一箇所はずれてしまっている。
数年ぶりに再読したが、シミだらけで栞紐もちぎれた本は今回も変わらず私を虜にした。

「他に行くところがないときは、空を旅するんだ。」
「しっかりしてよウォルター、わたしたち友達でさえないわ。」
印象的なセリフに

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『フリーダム』 ジョナサン・フランゼン

『フリーダム』 ジョナサン・フランゼン

かなり分厚い本だが、すいすい読める。
すいすい泳ぐように進む文章と共に、魅力的なストーリーのなせる技である。

時間を忘れて没頭してもう満腹なのに、まだこんなにたっぷりページが残っていて、これ以上何が出てくるの?と思いながらページをめくるとこれがまたまた面白く、またもや夢中で読み進んでしまう。
そんな、読書家は狂喜必至の、長大なコース料理のような一冊だ。

*****

主人公はパティとウォルター

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“Uncommon Type”  Tom Hanks

“Uncommon Type” Tom Hanks

ハリウッド俳優のトム・ハンクスによる短編集。
「ハリウッドスターが書いた」という宣伝文句のいらない、というよりそれがむしろ邪魔になるくらいの、素晴らしい一冊だ。海外文学好きには大推薦したい。
今回私が読んだのはアメリカ版のペーパーバックだが、日本語訳はクレスト・ブックスで出ているので、こちらも良書であること間違いない。

特に気に入ったのは以下の3作品。

<Christmas eve 1953>

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『ウィトゲンシュタインの愛人』 デイヴィッド・マークソン

『ウィトゲンシュタインの愛人』 デイヴィッド・マークソン

謎めいた題名の本書は、一人の女性がタイプライターで書き綴る手記、という体裁の小説だ。
何が起きたのかは明かされないが、世界から人間と動物が消滅し、この女性は、唯一の生き残りのようである。

最初は他の生き残りを探し、やがて諦め、何年もただ一人世界中を移動しながら生きてきた彼女が、その孤独な移動生活や、事が起こるより前の生活について、と同時に、ランダムに頭の中に浮かんでくる様々な文化的知識を正誤ない

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『穴の町』 ショーン・プレスコット

『穴の町』 ショーン・プレスコット

乾いて埃っぽく寂寥とした風のような小説だ。どこかの荒野から吹いてきて、どこかへ吹き去っていく。

オーストラリア中西部の、歴史も特徴もない町に、どこからかやって来た主人公。彼は、スーパーマーケットのウールワースで働きながら、「消えゆく町々」についての本を書いている。

主人公が住み着いたその町は、ショッピングプラザと、マクドナルドやピザハットといったチェーン店がメインの、どこにでもありそうな特徴の

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『一九八四年』 ジョージ・オーウェル

『一九八四年』 ジョージ・オーウェル

言わずと知れたディストピア小説の金字塔『1984』を、遅ればせながら読んだ。
特に興味を持つことなく、いつか読もうとも思っていなかったのだが、本屋で何とはなしに手に取った新訳版の文面に興味をそそられて、そのまま購入した。

無骨で理屈くさい小説だとなんとなく思い込んでいたが、想像以上に小説として面白かった。
無骨と言うより情緒的で、ロマンチックですらあった。

*****

ユーラシア、オセアニア

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『奇跡の自転車』 ロン・マクラーティ

『奇跡の自転車』 ロン・マクラーティ

中年デブッチョの「ぼく」ことスミシー・アイド。
スミシーにはべサニーという美しい姉がいたが、ベサニーは精神を病み、長い間行方不明になっていた。
姉から「フック」という愛称で呼ばれていた少年時代のスミシーは、痩せて、川釣りと自転車を愛し、いつも走っていた。だが今の彼は、だらけた生活を送る巨漢の独身43歳だ。

そんなスミシーは、ある日突然、両親を事故で失ってしまう。
葬儀の後、スミシーは両親宛の郵便

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